加瀬英明のコラム
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  天啓のアフリカ
    Date : 2019/07/11 (Thu)
 私は仕事で、国内、国外を頻繁に旅行する。海外が200回を数えよう。

 草鞋を脱ぐ暇がない。懐かしい思い出がいっぱいに詰まった、宝石箱のようだ。

 私はアフリカを訪れるのを夢見ていた。80年代に希少金属の国家備蓄計画を提言したところ、通産省から希少金属が集中して産出するアフリカ南部へお使いすることになった。

 ジンバブエで大臣に接待された。ワインで喉を潤しながら、「わが国にお出下さる貴国の方々のパスポートに生年が記されていますが、戸籍制度がないのにどうしてお分かりになりますか」と質問した。すると、「自分で申告します。自分でそう思っている歳のほうが、正しいでしよう?」と切り返された。

 天啓だった。私がいまでも若いと思っているのは、そのためだ。

 ナミビアでも閣僚が歓待してくれた。父親は族長で妻が12人いるが、自分は妻が1人だと語った。「私も妻が1人ですが、苦労しています」と苦笑したら、「12人もいれば妻たちが自治会をつくっているので、問題ありません。それより1人が大変です。人間関係は1対1が、いちばん難しいでしよう?」とたしなめられたのを、忘れられない。


  欠陥憲法を墨守しつづける愚
    Date : 2019/07/10 (Wed)
 令和の御代が明けたが、平成の30年、日本の周辺が風雲急を告げているのに、なぜなのか、欠陥憲法を改めることができなかった。

 最高法規であるはずの憲法の前文は、日本語として文法が目茶苦茶だ。どうして国語審議会が、目を瞑(つむ)ってきたのか。

 このちゃらんぽらんな憲法を真面目(きまじめ)に解釈する法律学者たちが「専守防衛」とか、「必要最小限度の防衛力」とか解釈しているが、泥酔して錯乱したとしか思えない。

 金科玉条となっている「専守防衛」という言葉は、まったく意味が不明だ。英語や、外国語に訳することができない。

 外国人に理解させるために、来年、野球が東京オリンピックの種目入りしたのを好機として、日本の選手がバッターボックスに立つ時には、バットを持たせなかったらどうか。「専守」だから、攻撃である打球を禁じる。

 家族が重病を患ったら、病院に「必要最小限度」の医療を施すように頼もう。だが、「必要最小限度」の医療なぞあるだろうか? 「必要最小限度」の国防も、あるはずがない。

 こんなことを議論している国会は、重症精神患者病棟という看板を掛けるべきだ。

 現行憲法は「平和憲法」だというが、「アメリカの平和」のために強要したもので、占領軍総司令部が日本政府に「これを呑まないと、天皇の一身の安全を保障できない」といって、英文の原案を手渡してから、1年3ヶ月後に公布された。帝国憲法を全面的に書き改めたのだから、もし日本国民が改正したのなら、1年3ヶ月で公布できなかったろう。

 アメリカ軍の施政下で現行憲法が施行されてから、今年で72年もの歳月(さいげつ)が流れた。

 どうして日本が独立国であることを否定して、とうてい憲法と呼べないのに、改められないのか。占領軍が日本国民を洗脳して反日思想を植えつけたというが、国民はそれほど愚かであるはずがない。

 平成3年は、江戸開府400年に当たった。

 日光東照宮が「江戸研究学会」を記念事業として立ちあげたが、私は江戸時代は庶民が世界のなかでもっとも恵まれていた時代だったと書いたり、講演してきたので、求められて会長を引き受けた。

 江戸時代は平和が300年近く続いて、庶民が豊かな生活を営み、絢爛たる文化を創り出した。だが、平和だった江戸時代は、明治以後の日本にとって呪いともなった。

 江戸時代は徳川家の支配を持続することを目的としたために、新しい政治思想や能力主義を斥けて、血筋と年功序列による硬直した体制を墨守した。明治維新は徳川体制をつくり直して、才気ある人々が国を導いたが、日清、日露戦争に勝つと、過剰な自信をいだくようになって、江戸時代へ戻ってしまった。

 先の対米戦争で、日本はボロ負けした。政界から陸海軍まで年功序列によった。帝国の興亡を賭けた真珠湾攻撃、ミッドウェー作戦の司令官は南雲中将で、砲術の権威だったが、航空戦について無知だった。

 江戸時代に入ると、戦国時代の戦略思想が消し去られた。武士は儒教漬けにされたが、孫子の心髄の「兵は詭道也」(敵を騙すこと)は学ばなかった。武士道は精神修養の哲学に退化してしまい、勝つことではなく、「死ぬ」ことに価値が与えられた。

 高度経済成長による経済大国化は、日露戦争の勝利に似ていた。日本国憲法が家康公の権現様の祖法と同じものに、なってしまったのだ。


  飢餓状態の国民を無視して核開発にすがる北朝鮮
    Date : 2019/07/10 (Wed)
 アメリカが北朝鮮という弱小国に、翻弄されている。

 いや、北朝鮮の金正恩委員長がアメリカによって、翻弄されているのかもしれない。

 2月のハノイにおける第2回目の米朝首脳会談が、金正恩委員長がトランプ大統領に対して、過大な要求を行ったために物別れに終わってから、北朝鮮の核放棄をはかる米朝交渉が袋小路に向かっている。

 そのわきで米中関係が激化する関税戦争によって、隘路にはまっている。

 いまや、アメリカの覇権に挑戦する中国を抑えつけようとするのは、トランプ大統領だけではなく、民主党が下院で多数を占める議会の強い意志でもある。

 習近平主席はこのままゆくと、中国がよろめいてしまうから、アメリカに譲歩したくても、独裁者として権威を守るために、容易に引き下がるわけにゆかない。今後、長期化する米中の対決が、日本経済を急速に冷やしてゆくから、10月の消費税は凍結されよう。

 国連世界食糧計画(WFP)によれば、北朝鮮は今世紀に入ってから最悪の食糧不足に直面しており、人口2300万人のうち40%以上に当たる1000万人が、飢餓状態に陥っているという。核弾頭や、各種のミサイルの開発に、国費を注ぎ込んだためだ。

 さっそく韓国の文在寅大統領が国連を通じて、お気に入りの国・北朝鮮に、8億ドル(約880億円)相当の食糧人道援助を行うことを発表した。軍人の腹をみたそうが、人民にとって焼け石に水にしかならない。

 北朝鮮はそのようななかで、5月に2回にわたって短距離ミサイルを、日本海に撃ち込んだ。短距離ミサイルを発射することによって、アメリカに向かって米朝協議を早く再開してほしいと、駄々をこねたのだった。

 日本政府は弾道弾の発射を、国連安保理事会による決議違反だとして抗議したが、トランプ大統領は北朝鮮の非核化へ向けて米朝協議を続けてゆきたいと望んでいるので、まったく問題にしなかった。金正恩委員長は肩すかしにあって、落胆しただろう。

 トランプ政権は協議再開を呼び掛けているものの、北朝鮮が完全な非核化へ向けて具体的な措置をとらないかぎり、応じないという態度をとっている。それに対して、北朝鮮はアメリカがこの年末までに経済制裁の緩和について譲歩しないかぎり、危機がもたらせられると、脅している。

 金正恩氏が頼りにしている中国は、中米関係をこれ以上悪化させたくないから、北朝鮮どころでない。ロシアも同じことだ。

 金正恩氏はハノイに乗り込むまでは得意満面だったが、孤立してしまった。アジアの孤児となって、鬱々たる日を送っていよう。

 それにしても、金正恩氏は国民の10人に4人が餓えているというのに、ただ1人、肥満体をかかえている。

 古代ギリシアの歴史家で、ソクラテスの弟子だった、クセノフォン(紀元前430年頃〜前355年頃)が、紀元前5世紀のイタリア南部にあった、都市国家のシラクの残虐な専制王だったヒロエン1世(在位前474年〜467年)との対話を創作している。

 「毎日、贅を盡して楽しいでしよう?」とたずねると、ヒロエンが「暗殺に怯えているから、惨めだ」と答える。

 「国中から賞讃されて、快感に浸れるでしよう」というと、「うわべだけのことだ」と、吐き捨てる。

 「でも、美女をほしいままに抱く楽しみがあるでしよう?」と問うと、「女であれ、男であれ、友が1人もいない。索漠とした毎日だ」と、告白する。「毎食、最上の料理を口にできるでしよう?」ときくと、「美食に飽々としてしまうから、美食の楽しみを奪われる。何一つ楽しみがない」と、嘆く。

 金正恩氏を憐れんではなるまい。日本にとって、北朝鮮は同情に価しない国だ。


  パリのノートルダム聖堂が炎上した
    Date : 2019/07/02 (Tue)
 4月15日にパリのノートルダム聖堂が、キリスト教の最大の祝日とされる復活祭のさなかに、炎上した。

 イエス・キリストが十字架に磔(はりつけ)られ、3日後に復活したと伝えられるのを祝う祭である。

 私はテレビのニュースで尖塔が燃え落ちるのを観ながら、セーヌ川の中洲のシテ島に建つ大伽藍といえば、エッフェル塔と並ぶパリの観光名所だが、もはや信仰の対象でなくなっていることを思った。

 ノートルダム聖堂は歴史の博物館だ

 ヨーロッパでは、キリスト教というより宗教離れが、進んでいる。フランスも例外ではない。最近、フランスで行われた調査によれば、フランスの若者の7%しか教会に通わない。

 いや、ノートルダム聖堂は観光施設になっているというよりも、貴重な歴史博物館といったほうがよい。

 ノートルダム聖堂はいまから800年前に着工され、200年かけて完成した。「ノートル・ダムNotre Dame」は「わが婦人」を意味するが、聖母マリアのことだ。

 フランスといえば、すぐにフランス革命を連想させられる。

 フランス革命は、国王、王妃をはじめ、5万人以上の貴族、地主など富裕階層、僧侶、尼、政敵などを大量処刑した蛮行だったのに、いまでも「パリ祭」として盛大に祝われている。

 情――心よりも、理を優先するヨーロッパ人や、中国人は恐ろしい。日本に生まれて幸せだったと安堵する。

 5年以内に再建するというが

 フランス革命は1789年に始まったとされているが、革命派はキリスト教を敵視して、徹底的に弾圧した。

 1793年に、ノートルダム聖堂から十字架や聖像をいっさい取り払って、かわりに祭壇に革命の象徴とされた、裸身に腰巻きをまいた猥雑な女性像が安置され、“自由、平等、博愛”の殿堂となった。

 ナポレオンが1804年に皇帝として戴冠式を行うために、再び教会とした。

 ノートルダム聖堂が炎上すると、マクロン大統領がただちに「5年以内に聖堂を再建する」と述べた。2024年にパリ・オリンピック大会が、開催される。

 私はフランスだけでなく、西ヨーロッパ諸国でキリスト教が力を失っているが、いったいノートルダム聖堂が再建されたとしても、ヨーロッパでキリスト教が力を復活できるのか、疑った。

 フランスでは、イスラム移民が人口の10パーセントに当たることから、再建したノートルダム聖堂は多文化を尊重して、イスラム教の礼拝も合わせて行うべきだという議論がある。

 それにしても、ノートルダム聖堂の火災が、宗教や人種対立のテロによるものではなく、失火だったと知って、胸を撫でおろした。宗教・人種間のテロのグローバリゼーションの恐怖が、世界を覆うようになっている。

 ニュージーランドのクリスチャン・チャーチにおける、白人至上主義者による大量殺戮が起ったばかりだ。もし、スリランカのようなイスラム過激派による放火だったとしたら、ヨーロッパにおける宗教・人種間のテロが激化した。

 西洋の信仰心の行方は

 ヨーロッパにおいてキリスト教の信仰心が衰えたといっても、ヨーロッパの人々はヨーロッパをキリスト教文明圏だとみなしており、イスラム住民に対する嫌悪を強めたことになったろう。

 宗教・人種対立の根は深い。ユダヤ教から分かれたキリスト教が、ユダヤ教の唯一つの聖書を、神の古い約束である『旧約聖書』と呼んでいるが、『旧約聖書』と、ユダヤ・キリスト教から派生したイスラム教の聖典『コーラン』を読むと、宗派や、部族間の憎悪を煽っていることに、呆然(ぼうぜん)とさせられる。

 神武天皇が即位された時に発せられた詔(みことのり)に、世界の全ての人々が一つの家族として睦みえという、「八紘一宇(はっこういちう)」の教えがあるのと比較すると、地球と別の惑星が存在しているようにすら思える。
 
 神道が森羅万象の和を説く、心の信仰であるのに対して、宗教は信じること――理のうえに、成り立っている。

 紀元1世紀頃に生きたローマの大学者だったケルススが、キリスト教を論じた著作がある。

 「キリスト教徒は十字架を力の象徴として仰いでいるが、もし、キリストが絶壁から投げ下ろされて死んだとしたら、壁を拝むのだろうか」「なぜ、全知全能の神が人の姿をして、地上に降りる必要があったのか」「どうして完全無欠の神が、欠陥だらけの人を装うことができたのか」「なぜ、この時になって人を救おうとしたのか。世界のなかでたった一つの地域だけ、選んだのか」「神とイエスの二人の神がいるのなら、その上に最高神がいるはずだ」と、辛辣に批判している。

 ケルススはセルサスとしても、知られている。百科事典を編纂したといわれるが、このなかの薬科全書だけが遺っており、ヒポクラテスと並ぶ碩学として称えられてきた。

 キリスト教離れが進んでいる

 キリスト教の教義のなかで、もっとも難解なのが、神とその子のイエスと精霊の3つが1つの存在であるという三位一体であり、教義の基本となっている。

 私が親しくしているフランス人のジャーナリストは、もはやキリスト教を信じていないが、「三位一体はスーパーマーケットで、1つの値段で3つ買えるというものだ」といって、笑っている。

 フランシス教皇が来日する

 この11月に、カトリック教会のフランシス教皇が来日して、長崎、広島を訪れることになっているが、このところカトリック教会は崩壊の危機に瀕している。

 今世紀に入ってから、カトリック教会では全世界にわたって、枢機卿、大司教、司教、神父をはじめとして、多くの聖職者が、青少年、女性や、尼僧に性暴行を加えたかどで告発され、教会の土台が大きく揺ぐようになっている。

 教会は性的な紊乱によって蝕まれてきたのを、長いあいだにわたって隠蔽してきた。

 イエス・キリストが「人を獲る漁師」と呼ばれたことから、魚がカトリック教会のシンボルの1つとなってきたが、在京のイタリアの外交官と教会の性スキャンダルについて話していたら、「イタリアには『ロ・ソホ・コメ・ウンペチェ・ノン・ポソ・パルラーレ』(魚は口をきかない)という諺(ことわざ)がありますよ」と、教えてくれた。

 エコロジーが新しい信仰だ

 フランシス教皇は2013年から“神の代理人”として、カトリック教会の頂点に立ってきたが、カトリック史上、離婚者の再婚をはじめて容認し、聖書で固く禁じている同性愛者を祝福するなど、物議をかもしている。フランシス教皇はバチカン法王庁教皇補佐役のクリストフ・カラムサ神父と、同性愛のパートナーとして同棲してきたことを認めたと、欧米で報じられている。

 アメリカの大都市部でも、キリスト教離れが進んでおり、人々が自然に神性を感じるようになっている。宗教にかわって、エコロジーが人々の新しい信仰となりつつある。

 日本は自国の文化を大切にしよう

 宗教、人種間のテロがグローバル化しているかたわら、人が八百万千万(やおろずちよろず)の森羅万象によって生かされており、自然を敬う日本の心に当たる、エコロジーが力をえるようになっている。

 幕末から明治にかけて、浮世絵を中心としたジャポニズムが、西洋の絵画芸術、ファッション、庭園、建築などに、深奥な影響を与えた。だが、この時代のジャポニズムは、視覚的なものだった。

 だが、いまや万物に霊(アニマ)が宿っている日本のアニメから、自然を食する和食、武道、茶道、おもてなしの心まで、精神的なジャポニズムが新たな高波となって、西洋を洗いつつある。

 日本国民として、いまこそ自国の文化を大切にしたい。


  昭和天皇 そのご動静と苦悩
    Date : 2019/06/24 (Mon)
 私は先の大戦の最後の年の昭和20年の元日の夜明けから、対日占領が終わった1年前にマッカーサー元帥が罷免され離日するまで、昭和天皇のご動静を、『週刊新潮』に昭和49年5月から50週にわたって連載した。
  
 天皇を囲んでいた皇族、政府・軍幹部、侍従、身のまわりをお世話する内舎人(うどねり)、祭祀を介添えする掌典(しょうてん)、巫女の内掌典など160人以上に、克明なインタビューを行ったものだった。

 空襲が激しくなるなか、天皇が皇居でどのように過されていたのか、徹底抗戦を叫ぶ軍と、現実との和戦の狭(はざ)間(ま)に立たれて、どのように苦悩されたか、知られなかった真実があきらかにされたために、大きな反響を呼んだ。

 連載が始まると、海軍軍令部に勤務されていた高松宮殿下が、開戦翌年に海軍がミッドウェー海戦で主力の機動艦隊を失った直後に、「兄宮」(天皇)に宛てて、「この戦争に勝てない」と私信を届けられた秘話を伺って書いたが、殿下がそれまで語られることがなかったので、大きな話題を呼んだ。

 昭和天皇は弟宮と会われても、その職責にない者の意見を、取り上げられなかった。

 昭和天皇は私たちとまったく違う時間の尺度を持っておられた。日本を2000年以上にわたる物差しで、考えておられた。

 昭和20年に戻ろう。天皇は軍がまだ勝利を収めることができると、信じられていた。

 2月に近衛文麿公が拝謁して、「日本は戦争に敗れた。今降伏しないと共産革命が起る」と上奏すると、「もう一度戦果を挙げたうえでないと難しいと思う」と、仰言せられた。

 天皇は幼少時から、乃木希典大将、東郷平八郎元帥などの薫陶を受けられて、軍を信頼されていた。梅津治美郎参謀総長が皇居内の防空舎に連日参内して、フィリピンにおける戦況を地図をひろげて上奏すると、「それで大丈夫か。兵站(へいたん)はどうなっておるか」と鋭く指摘されたが、命令されることはなかった。

 硫黄島が失陥し、4月に米軍が沖縄本島に上陸した6日後に、鈴木貫太郎海軍大将に組閣を命じられた。鈴木は木戸幸一宮内相から陛下が「終戦を考慮あそばしておられるように拝察する」ときかされた。

 天皇皇后は御住まいを兼ねた防空舎の御文庫で、しばしば夜、侍従、侍従武官、女官などを招かれて、かるたを楽しまれた。侍従武官が「夜ハ謡かるたノ御相手ニ興ズ。賑ヤカニ遊バサル」と、日記に記している。

 天皇は懊悩されていた。「あのあの」とか、「どうもどうも」とよく独り言をいわれ、朝晩歯ブラシをくわえられたまま、注意申し上げるまで呆然とされておられた。

 5月に木戸と連合国の和平条件について相談され、「和平は早いほうがよい。だが、鈴木は講和の条件についてどうも弱い。軍の完全武装解除について、何とか3000人か5000人残せないか」と仰言られた。木戸が「5000人残しても、有名無実です」とお答えした。

 7月に入ると、天皇は伊勢神宮にある八咫鏡(やたのかがみ)と、熱田神宮にある草薙剣(くさなぎのつるぎ)が米軍に奪われることを、憂慮された。三種の神器のもう一つである勾瓊(まがたま)は、皇居にあった。天皇は木戸に、「万一の場合は、自分がお守りして運命を共にするつもりだ」と、いわれた。

 昭和天皇は、いつ終戦を決意されたのだろうか? 

 天皇は前年10月に靖国神社の例大祭に御幸されたのを最後に、東京空襲が始まったので、皇居から出られなかったが、3月10日に東京大空襲によって10万人が死亡したと推計されると、被災地を視察されたいといわれた。

 軍は「一億玉砕」の本土決戦を決めていたから強く反対したが、3月18日に皇居を出られて、1時間以内に往復できる深川の富岡八幡宮に御幸された。

 天皇は神社の境内から四囲の焼け野原を見入られて、「こんなに焼けたか‥‥」と絶句され、御料車へ促されるようにして戻られた。私は天皇がこの時に、終戦を決意されたにちがいないと確信した。だが、私の推測でしかなかったので、そう書くことができなかった。

 富岡八幡宮の大鳥居を潜ると、伊能忠敬の銅像がある。忠敬はここで成功祈願を行ってから、全国測量の第一歩を踏み出した。

 私は忠敬の玄孫(やしゃご)に当たるので、“江戸の三大祭”といわれた富岡八幡宮の例大祭が江戸時代を通じて、8月15日であることを知っていた。天皇が終戦を決意され、例大祭の日に大戦が終わったのは、御祭神の神威によるものだったと考えたが、これもオカルトのようだったので書けなかった。

 天皇はこの後空襲を恐れて、終戦まで皇居の外にお出になられなかった。

 8月に終戦を決定した御前会議が開かれ、天皇は「ほかに意見がないようだから、わたしの意見を述べる。わたしは国内の事情と世界の情勢を考え合せたうえで、これ以上、戦争を続けるのは無理だと思う」と仰言せられて、御聖断を下された。天皇は白手袋の指先で、頬を伝わる涙をしきりに拭われた。

 天皇は阿南惟幾陸相が号泣しているのを見られて、「阿南、阿南! わたしには国体を護る自信がある」と叫ばれた。

 軍人は天皇と軍が一体だと、信じていた。「特攻隊の父」といわれた大西滝治郎軍令部次長をはじめ、「天皇は先頭に立たれず、皇居で女官と遊んでおられる」と批判する高級軍人がいたが、天皇は日本の最高祭司であられて、武家の棟梁ではなかった。

 貞明皇太后は御前会議の決定を知られると、かえって「皇室が明治維新の前に戻るだけのことです」と、毅然としていわれた。

 歴史によって蓄えられた天皇の大きな力なしに、昭和20年夏の未曽有の危機に当たって、大戦を終えることができなかったろう。

(本書は3月に『昭和天皇の苦悩』『昭和天皇の苦闘』に分けて、勉誠出版新書として復刻された。)


  皇位の安定的継承へ 皇室典範改正を
    Date : 2019/06/07 (Fri)
 4月に都内で講演した時に、私は「天皇が日本の美徳を代表されているのに対して、政治家が悪徳を代表している」といった時に、和田政宗参議院議員が前列に座っていられるのに気づいて、「ごく少数の政治家を除いて」と、慌てていい直した。

 和田議員はNHKのアナウンサーとして知名度が高いが、皇室の崇敬者として、天皇を戴く日本の国柄を守るために、国政の場で先頭に立ってこられた。7月の参院選挙の改選に当たって、全国区から立候補されている。和田先生にぜひ投票していただきたい。

 天皇は2000年以上にわたって、日本の文化の原型を守ってくださってこられた。天皇は美徳を代表されてこられたからこそ、日本の民族意識のもっとも底にある要(かなめ)になってきた。

 日本国憲法は、天皇の地位が「主権の存する国民の総意に基く」と規定しているが、まさか、いま生きている国民だけを意味していまい。日本が開闢してから生きてきた、日本国民全員の総意に基くと、解釈すべきである。

 世界に200あまりの国があるが、元首の家系が万世一系といわれて、226代にわたって辿(たど)れる国は他にない。

 令和という元号が示すように、日本は天皇のもとで、国民の和を保ってきた。私たちは天皇がいない日本を想像することが、まったくできない。

 外国の王朝の出自はみな、覇者である。自由な選挙によって選ばれた首相も、覇者であることに変わりがない。天皇がいなければ、日本はまったく違った国となってしまおう。

 天皇、あるいは皇室のありかたが、その時代にあわせて変わってゆかねばならない、という声がある。

 「開かれた皇室が望ましい」とか、「皇室は国民のあいだに融け込む努力をするべきだ」という。そのなかで「庶民的なプリンス」とか、「庶民的なプリンセス」が人気を博する。

 だが、皇室を平民社会、大衆社会のなかに吸収させてしまって、よいものか。日本という国が現われてから、天皇家が変わることなく、文化の原型を守ってこられたからこそ敬われ、今日まで続いているのではないか。

 皇室の人気を芸能人の人気と、同じように考えてはなるまい。芸能人の人気は上がったり、下ったりする。

 天皇家は日本と世界の幸せを真摯に祈られる宮中祭祀を守られ、徳の手本として存在してくださっているから有難い。

 平成最後の年の4月に、天皇皇后両陛下が伊勢神宮に行幸啓された。テレビで拝したが、沿道を埋めた群衆のなかの中年の女性が、記者の質問に答えて、「もったいない」と語ったのが、国民感情を現わしていると思う。

 私は皇嗣殿下となられた秋篠宮殿下が、平成元年に礼宮であられたが、昭和天皇の諒闇(りょうあん)中に婚約された時に、皇室の将来について深い不安をいだいた。まだ、兄宮の御婚約が決まっていなかった。一般の家庭でも喪があけていないのに、急いで祝い事を決めないものだ。秋篠宮家のお二人の内親王殿下の奔放なお振舞いや、「一個人として」というご発言も、皇室のありかたにそぐわない。

 秋篠宮家の悠仁親王殿下が、皇位継承者第2位となられた。このままゆくと、悠仁親王がお一人だけになって、お世継が絶えて、皇統を維持することが危ふくなる。
 
 先週、私の小学校の同級生のM君から、手紙を貰った。
「天皇家の将来を考えると、心配です。このままでは先細りになって、絶滅危惧種です。皇統の男子を残り少ない宮家の養子とするよう、皇室典範を改めるべきです。このままでは、全ての宮家が消滅してしまいます」

 まったく同感である。占領下で臣籍降下を強いられた旧宮家の男子を、皇籍に迎えるべきである。

 どのような社会も、その国の伝統文化によって、支えられている。


  令和は未曽有の危機の御代だ
    Date : 2019/06/07 (Fri)
 令和の御代は、日本にとって未曽有の危機をはらんでいる。

 トランプ政権はかつて東西冷戦下、レーガン政権がソ連を崩壊させたように、中国の共産体制を倒すことを決意している。米中関税戦争は、その入り口でしかない。

 中国が世界に対する脅威であって、中国を抑えつけようというのは、トランプ政権だけではない。アメリカ連邦議会の強い意志だ。

 中国経済が揺らいで、日本の景気も冷えきろう。10月の消費税増税は凍結されよう。

 令和の御代に、皇室の存続が問われている。日本国憲法が何をいおうと、天皇こそが国民精神の要(かなめ)となって、日本を日本たらしめてきた。

 天皇なしには日本は、中国や、韓国のような乱れた国となる。天皇が日本の美徳を代表してきたが、政治家は悪徳を代表してきた。  

 中国、朝鮮は覇者の政治文化だが、自由な選挙で選ばれた首相だって覇者だ。

 いま、今上陛下を除けば、男性皇族が3人しかおられない。世論調査によれば、女性天皇を望む声が、80%を占めている。これまで8人の女性天皇が10代おいでになられたが、全員が独身か、寡婦だった。

 女性天皇と、女系天皇は違う。女性天皇が配偶者を迎えれば、皇統が2000年以上も男系で受け継がれてきたが、初代の女系天皇となる。遺伝子学によれば、DNAは男系によってのみ、受け継ぐことができる。女系は新しい血統になる。女系は亡国を招く。

 日本は天皇を頂点として戴く、家族国家であることを誇ってきた。日本を日本たらしめてきた家族制度が、崩壊しつつある。子孫を残すことが家の目的であったのに、「家」は住宅を意味するだけの言葉となってしまっている。

 社会が物質的に豊かになると、地域共同体や、集団を形造っている固い絆や、家族の結びつきが弱まって、個人が社会の主人公として、もっとも大事にされる存在となる。

 私たちは個人が崇められている、まったく新しい社会に生きている。個人の欲望をみたす金(かね)が、人と人を刹那的(せつなてき)に結んでいる。

 金(かね)には心も、情もない。伝統的な心の絆が力を失うと、家族愛も、愛国心も失われる。

 かつて企業は、家族といわれた。会社を家族として見なくなったために、正社員に替って、使い捨ての不正規労働者が働く場となった。愛社心も、愛国心も同じことだ。


  憲法改正が実現する日こそ、主権回復の日となる
    Date : 2019/06/03 (Mon)
 4月28日に、都内で「主権回復記念日国民集会」が行われて、私も弁士の1人として登壇した。

 この日は、日本がサンフランシスコ講和条約によって、昭和27(1952)年に独立――主権を回復した日に当たる。

 これまで、私はこの日の集会に参加したことがなかった。というのは、アメリカ軍による占領下で強要された憲法があるかぎり、日本が独立国として主権を回復したと思えないからである。

 現行の日本国憲法は前文の冒頭で、「日本国民は(略)政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とうたっているが、「政府」というのは、日本の政府のことである。

 私は日米近代史の研究者として、先の大戦はアメリカ政府の行為によって起ったと信じているが、この前文は不当なことに戦争の咎を、日本だけに負わせている。

 憲法第9条『戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認』では、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は」「永久にこれを放棄する」「陸海軍とその他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と述べて、日本の主権を否定している。

 猛禽猛獣がうろつくジャングルである国際社会で、日本を赤子の生け贄のように放置しておくと述べているのだ。ここの「武力による威嚇」は、「武力による抑止力」と読むべきである。

 私は集会で登壇して、「残念だが、この憲法があるかぎり、日本が主権を回復したとはいえない」と、訴えた。憲法を改正した日を主権を回復した日として、祝いたい。

 現行憲法は日本国民に、国家権力が悪であり、戦うことがどのような場合においても、悪であると思い込ませてきた。だが、どのような国家も、国民の負託に応えて権力を行使するし、国民の生命財産と独立を守る必要に迫られた場合に、戦うものだ。

 いうまでもなく、権力は悪ではない。自国を守るために戦うことが、悪であるはずがない。日本は国旗、政府があっても、国家としての要件を満たしていない。

 それなのに、いったいどうして日本の主権を否定する、憲法の名に価しない憲法を、今日まで戴いてきたのだろうか。

 私は現行憲法を“偽憲法”と呼んできたが、どうしてこのような重大な欠陥がある憲法を、今日に至るまで改めることがなかったのか、理解できない。

 多くの国民にとって先の敗戦は、男であれば戦勝国によって睾丸を抜き取られたか、女であれば強姦されて、処女を失ったような強い衝撃を受けて、なすことを知らず、自暴自棄になってしまった。

 そのために、自己を社会からはずされたアウトキャスト――除(の)け者とみなして、はずされた者だから何をしてもよい、何も責任がないという自虐的な態度をとるようになってしまったとしか、思えない。

 日本はまるで不良少年か、不良少女のような国になってしまったのだ。自棄(やけ)になって、自分に対する責任を負うことも拒んでいるのが、護憲派の本性なのだろう。

 護憲派を更生させなければ、日本が亡びてしまおう。


  自衛隊機事故で得た違和感 憲法に自衛隊を書き込むべきだ
    Date : 2019/05/21 (Tue)
 4月に、わが航空自衛隊の最新ステルス型F35戦闘機が、三沢基地から訓練飛行中に、青森県の日本海沖合で墜落する事故があった。

 はじめの報道では、パイロットが40代の2佐(国際的呼称では中佐)ということだった。尾翼が発見され、殉職した隊員が41歳の操縦幹部で、姓名が公表された。

 最新鋭の戦闘機パイロットが40代だったのは、自衛隊員の高齢化が進んでいるからだ。

 高齢化が、陸海空三自衛隊を蝕んでいる。

 列国のジェット戦闘機のパイロットは、30代で引退するものだ。

 若者が自衛隊に応募しないために、自衛隊は定員に満たず、陸上自衛隊をとれば15万人の定員に対して、13万人しかいない。中隊長は旧軍では20代か、30代だったが、陸上自衛隊では定年直前の48、9歳が、珍しくない。

 高齢化は、深刻だ。三自衛隊を年齢の樹に見立てると、幹部(国際的呼称では将校)、曹(下士官)、士(兵)のうち、曹ばかり異常に多いために、腹が突き出して、体を支えるべき脚が細い。

 このために、自衛隊は応募の年限が28歳だったのを、昨年から32歳に引き上げるかたわら、体重の制限も外した。

 それと並んで、防衛省は女性自衛官を増すことによって、補おうとしている。

 大手の保険会社が毎年行っている、青少年が憧れている職業の調査によると、警察官は入っていても、自衛官が入ったことが一度もない。国民の国防意識が弛緩しているのだ。

 私はF35戦闘機が洋上で遭難した直後に、三沢市の種市一正市長が搭乗員の安否を気づかうことも、殉職に哀悼の意を表することもまったくなく、陸地における墜落の危険のみを危惧して、飛行再開に反対したことに唖然とした。

 これも、憲法に自衛隊が書き込まれていないからだ。

 もし、国軍であったとしたら、市長が国民の一人として、このような非礼を働くことができただろうか。

 岩屋防衛大臣が、今回の訓練中の事故について陳謝したが、陳謝する必要があったのだろうか。広報として必要であるならば、大臣ではなく、航空幕僚長か、制服の幹部が行えばよいことだ。

 日本を取り巻く国際環境が厳しいものとなっている時に、自衛隊を鵺(ぬえ)のような存在にしたままでいることは、許されない。鵺は伝説上の正体不明の怪獣である。

 政府は「自衛隊は軍ではない」という詭弁を、いまだに改めないでいるが、国民全員が自衛隊という呼称自体が欺瞞であることを、よく知っていよう。

 江戸時代に、禁酒を強いられていた僧侶が、般若場といって誤魔化し、四つ足を食べてはならなかったので、猪を山鯨と呼んで、兎を鳥だということにして、いまでも1羽2羽と数えるようなものだ。

 自衛隊の存在を認めたうえで、応援している国民の大多数が、「普通科」(歩兵)「特科」(砲兵)「対地支援機」(攻撃機)「運用」(作戦)をはじめとする、謎めいた“自衛隊特殊語”を、理解できないでいる。

 いうまでもないことだが、自衛隊と国民、軍と国民は一体でなければならない。

 一日も早く、継子(ままこ)となっている自衛隊を憲法に書き込み、国民の実子にしなければならない。


  「令和」の御代にこそ憲法改正を期する
    Date : 2019/05/10 (Fri)
 早春に80代の親しい婦人の夫君が、長い闘病生活の後に亡くなった。医師だったが、歌人でもあった。

 私は悲嘆に暮れる夫人に、万葉集の一首の「行く方なき空の煙となりぬとも 思ふあたりを立ちは離れじ」を手渡して、慰めた。私は万葉集に親しんできた。皇子が恋した娘に先き立たれて、口ずさんだ歌である。

 4月1日に、新しい元号が発表された。万葉集が出典だった。私は日本の歴史ではじめて、元号を中国の漢籍ではなく、国書から採ったことを、何よりも喜んだ。

 明治は文明開化とともに、日本化の時代だった。天皇は江戸時代が終わるまで、即位礼に真紅の大袖に龍の縫い取りがある中国服を、召されたものだった。

 平成が200年ぶりの御譲位によって、終わる。私は平成を占領下で強いられた憲法を、改められなかったことによって記憶しよう。

 私は今上陛下が3年前の8月8日に、テレビを通じてお言葉を読まれたのを、謹聴した。

 ご高齢によってお疲れになられたから、譲位したいと訴えられた。

 私は月刊『WiLL』誌に、「これは天皇によるクーデターだった。明治天皇によって定められ、現憲法下で継承されている皇室典範は、天皇の譲位を認めていない。お言葉のなかで、皇室典範が定めている摂政制度を斥けられたが、天皇が法を改めるよう要求されることは、あってはならない」と、寄稿した。

 NHK社会部の記者がインタビューにきたが、私は「天皇のお言葉は憲法違反だったのに、どうして護憲を日頃説くNHKが、憲法違反のお言葉を放送したのか」とたずねたが、答がなかった。

 私は現行憲法を国際法に違反した、正統性がない「偽憲法」と呼んできた。

 現憲法には、多くの重大な瑕疵(かし)がある。なかでも、天皇を「象徴」として、国民より下に置いているのは、日本が歴史を通じて守ってきた伝統を歪めている。

 国会は一昨年6月に日本共産党を含む全会一致で、「天皇退位などに関する皇室典範特例法」を可決した。国会が天皇が現憲法の上にあることを、認めたのだった。譲位を「退位」と呼んだのは、天皇の御意志によって譲位されると、憲法に違反したからだった。

 今上天皇は英邁であられる。8月8日のお言葉によって、「象徴天皇制」を一撃で破壊されたのだった。

 陛下は聡明であられるから、その後、お言葉のなかで護憲派の反発を招いて、国論が割れないように、「象徴天皇としてのありかた」に、頻繁にお触れになられている。

 占領憲法に罅(ひび)が入ったのだった。令和の御代に憲法が改正されることを、強く期待したい。

 今日、天皇は身近なご相談相手を欠いておられる。天皇は日本の要(かなめ)であられるのに、皇居で孤立されている。
旧憲法下では、内大臣が宮内官として側近にあって、日常意見を求められたし、総理大臣以下閣僚や、軍幹部が頻繁に参内して拝謁した。

 ところが、宮内庁長官と侍従長は、全員が皇室の伝統についてほとんど無知である。

 11月に皇居において、天皇を天皇たらしめる大嘗祭が、執り行われる。

 古来から大嘗祭のために建てられ、すぐに撤去される大嘗宮の仮宮は、青い茅(かや)で葺(ふ)かれてきた。ところが、皇族のお1人が経費を節減するために板張りすべきだと、意見を述べられた。伝統についてご勉強が足りないと、お諫め申し上げねばならない。

 積水ハウスか、タマホームの建て売り住宅風では、伝統の尊厳を損ねてしまう。

 会計検査院によれば、3兆円が来年の東京オリンピックに投じられる。皇室あっての日本だが、オリンピックを催さなくても、日本は日本だ。


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