加瀬英明のコラム
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  世界レベルには程遠い 豊田真由子議員の罵詈雑言
    Date : 2017/08/09 (Wed)
 私はテレビで豊田真由子衆議院議員が、運転中の秘書に対して、罵詈雑言をあらんかぎりの声で絶叫しているのを聴いて、「日本はよい国なのだ」と、安心した。

 きっと、読者の方々は意外だと思われることだろう。

 だが、私は日本の国民性がよく表れていると、思った。日本語の特徴と、日本の民族性が、中国、韓国、ヨーロッパの諸国民と異なっていることが、浮き彫りになっていた。

 豊田議員は言葉を盡して、自分よりも年長の男性秘書を罵倒しているのに、「このハゲ!」とか、「こいつ豊田真由子様へ向かって、ふざけやがって!」というように、相手を罵しる語彙(ごい)(言葉の表現)が、実に乏しい。

 中国や、韓国語になると、「お前の母親の××(女性性器)は腐っている!」とか、「犬の糞を食ったばかりの顔(つら)をしやがって!」とか、相手を罵しる言葉が、数百もある。

 これは、言語学で「罵倒語」(英語ではcurse words 呪いの言葉)と呼ばれるが、キリスト教の旧約聖書を読むと、「いったい、これが宗教書なのか」と疑わされるほど、罵倒語に溢れている。

 私はケネディ大統領が暗殺された直後に、当時のアメリカの流行伝記作家のウィリアム・マンチェスターが、『ある大統領の死』をアメリカの週刊誌に連載したのを、『週刊新潮』が版権を買った時に、訳者をつとめたことがあった。

 ところが、ケネディ大統領とジャクリーン夫人が会話のなかで、英語国民が気に入らないことに対していう、「シット!」(糞尿)とか、「ファック!」(性交のさま)とか、人を罵っていう「アスホール」(尻の穴)など罵倒語を連発するので、翻訳しようがなく、頭を抱えたことがあった。

 英語だけではない。フランス語、ドイツ語などのヨーロッパ諸語にも、数限りない罵倒語がある。荒々しい人たちなのだ。

 それに対して、日本語では罵倒語になると、「クソ!」とか、「アホ!」とか、貧弱である。おそらく7つか、8つぐらいしかないのではないか。

 豊田真由子議員のような女性は、古代から日本では珍しくなかった。

 『源氏物語』と同時代に著された、藤原道網母による『蜻蛉(かげろう)日記』は、19歳に嫁いでから20年あまりにのぼる結婚生活について、不平鬱憤(うっぷん)を綴った日記文学である。著者が癇性(かんしょう)を爆発するたびに、夫の兼家が「おお、こわや、こわや」といって、怯えている。

 日本は、中国、韓国、西洋と違って、古代から男女が和歌を詠んで、対等に相問歌(そうもんか)を交換したように、女性が強い国であってきた。

 豊田議員の秘書の証言を読むと、豊田議員は癇性が強いだけで、絶叫した後に痙攣して意識を失っていないから、先天的な癲癇(てんかん)症ではない。

 日本語にほとんど罵倒語が存在しないのは、日本人が互に思い遣って、人と人との和を重んじるからである。それに対して他国では、人々が「俺が」「わたしが」といって、自己中心で、つねに相手に勝たなければならない対立関係にあるからだ。

 日本の古来信仰である神道のもっとも基本的な教えは、「言挙(ことあ)げ」をしてはならないことである。言葉はもっぱら自己主張と、自己弁解のために用いられるから、心を用いてできるかぎり言葉を慎んだほうがよい。

 日本では「よい言葉を発すれば、現実がよくなる」という、言霊(ことだま)信仰が力をもってきた。そのために、罵倒語が存在しなかった。日本は言葉と論理を重んじる他の諸国と違って、心の国であってきた。いまでも日本は、「言霊の幸(さきは)ふ国」なのだ。

 そう思いながら、豊田議員の罵声を聞いていると、可愛らしい。配偶者がいられるようだが、夫君は1000年前の『蜻蛉日記』の兼家のように、苦労されているのだろうか。


  史上最初の29連勝 14歳の快挙
    Date : 2017/08/04 (Fri)
 中学3年生の藤井聡太4段が、将棋公式戦で史上最初の29連勝を果したことが、日本全国を涌かせた。藤井君の快挙に喝采したい。

 ふと、私は藤井君を少年扱いにするのは、日本社会が幼児化しているからではないのだろうかと、訝った。

 藤井4段は満14歳になる。将棋だけではなく、いろいろな分野で、第2、第3、第4の藤井君が現われてほしい。

 今年は明治元年から数えて、150年目に当たる。徳川時代が終わるまで、地方によって異なったが、武家、庶民ともに、男子は12歳から16歳(満11歳から15歳)で、前髪を剃り落して元服し、成人の仲間入りをした。

 日本の社会の幼児化が進んでいる

 この30年ほどだろうか、日本の社会が幼児化しているために、活力を衰えさせているのではないか、不安に駆られる。

 政府が高等教育の無償化を実現しようとしているが、今日の日本には大学の数が多すぎる。3分の1か、4分の1でよいのではないか。

 高校の数も、多すぎる。大学や、高校の数が多すぎるために、国民の教育水準を低いものにしている。

 何よりも日本の活力を奪っている元凶は、受験戦争だ。

 学校や企業の場におけるいじめが、大きな社会問題となっているが、受験戦争は国家が主宰している壮大ないじめだ。

 少年の心を歪めてはならない

 私は敗戦の年に、国民学校(昭和16年4月から小学校がそう呼ばれた)3年生だった。長野県に疎開したが、戦争最後の1年間は授業がほとんどなかった。鎌を片手に軍馬の秣(まぐさ)刈りに動員されたが、戦争に勝つためだと信じて、小さな胸を誇りでいっぱいにして、励んだ。

 占領下の小学校では、上級生が使った教科書で学んだが、ところどころ墨が塗られて消されていたうえ、満足な授業が行われなかった。封建的だというので、習字もなかった。

 大学に進むまで、いまわしい受験戦争もなかった。私は鎌倉で育ったが、仲間の子供たちとのびのびと時間がたつのも忘れて、自然のなかで遊んだ。二宮尊徳の歌に「音もなく香もなく、常に天地(あまつち)は書かざる経をくりかえしつつ」という句があるが、人との絆(きずな)や、生きる悦びを身につけた。

 人が育つためには、少年期に過度に束縛されず、友達たちと好きな時間を送ることが、必要だと思う。少年時代はいってみれば、人生の幅広い土台をつくる正3角形の底辺のようなものだろう。底辺が大きいほど、3角形が大きくなる。

 和泉式部と樋口なつの教養の深さ

 学校教育を、盲信してはならない。大隈重信は佐賀藩の藩士の子として藩校に通ったが、晩年に遺した自伝のなかで「頑固窮屈な朱子学のみ奉じて、一藩の子弟をことごとく鋳型のなかに封じ込めようとした」と、非難している。重信は満14歳で騒動を起こして、退校処分となった。

 武家の男子は全員が藩校で学んだが、庶民の子は男女とも寺子屋に通った。寺子屋は江戸期に全国で2万以上を数えたが、4年制が多く、どれもが地域住民による手造りだった。

 私は和泉式部をはじめとして、多くの歴史上の女性に恋している。その1人に、5000円札に肖像を飾っている、樋口一葉がいる。本名を樋口奈津、あるいはなつといった。

 なつの父親は今日の山梨県にあった、甲斐の国の貧農の息子だった。村の庄屋の娘と道ならぬ恋をして、2人は幕末の江戸に駆け落ちした。

 父親は暦が明治に変わると、東京府の最下級の役人として就職して、なつは明治5年に鍛冶橋にあった、長屋の官舎で生まれた。なつの最終学歴といえば、尋常学校4年である。当時の小学校は、4年制だった。

 父親はなつが幼いころから、万葉集や、『源氏物語』などの古文学を教えた。今日の日本では想像できないだろうが、貧農の子だった父親に、それだけの教養があったのだった。

 なつが17歳の時に、父親が死んだ。なつは母と妹の生活を支えるために、洗い張りや針仕事をしながら、小説を執筆した。25歳で極貧のなかで病死したが、明治最大の女性の文豪となった。

 教育は受けるものではない。求めるものだ

 伊能忠敬をとろう。私の父方の祖母は千葉県八日市場の醤油造り農家の娘だったが、忠敬の曾孫(ひまご)に当たった。そこで、私も忠敬の血を引いている。祖母は15歳で銚子の隣にある、旭の祖父に嫁いだ。祖父は17歳だった。当然のことに、祖父も祖母もその年齢で責任感に溢れていた。

 忠敬は幼名を三治郎といい、九十九里浜の農家に生まれた。幼時に漁具をしまった納屋の番をしながら、親から、また寺子屋で読み書きや、算盤を習った。寺子屋では師匠が子供たちを、厳しく躾けた。17歳で佐原の庄屋だった伊能家に婿入りして、忠敬と名乗った。

 50歳で隠居したが、それまで独学で天文学や暦学や、和算を学んでいた。隠居すると江戸に出て、幕府の天文方だった高橋至時に弟子入りして、天体観測や、測量を修めた。

 忠敬は55歳で、深川の富岡八幡宮から全国測量の第一歩を踏み出した。忠敬が作製した日本地図は、今日、海岸線が埋め立てなどによって、大きく変わってしまっているが、驚くほど正確なものだ。

 江戸期の日本は庶民のなかから、無数の優れた学者を生んでいる。これは世界でも珍しい。二宮尊徳は後に士分に取り立てられたが、農家の出である。

 どうして150年前に、アジアのなかで日本だけが明治維新を成し遂げて、近代化することに成功して、たちまちうちに世界を支配していた白人国家のなかで、対等の地位を獲得することができたのだろうか。

 明治維新を招き寄せた志士や、明治の日本の発展を支えた先人たちは、まず自分をつくり、新しい日本をつくった。

 ところが、今日の日本の青少年は、受験戦争といういじめを加えられて、健やかな人格を形成する少年期を奪われている。子供たちは幼稚園や小学校のころから、“合わせる人生”を送ることを強制されて、自立心を培うことができない。

 “つくる人生”と“合わせる人生”

 幕末の志士や明治の先人たちは、1人ひとりが“つくる人生”に挑んだ。もし、今日の日本の若者のように、ひたすら“合わせる”ことに努めていたとしたら、近代日本はなかった。

 もし、高等教育を無償化したら、日本からすでに死語に近くなっているが、苦学という言葉がなくなってしまおう。国民の多くが、人生が楽の連続でなければならないと、信じるようになっているが、日本を偽りの楽園にしてはなるまい。

 15年ほど前までは、今、マスコミを賑わせている「就活」という言葉は、存在しなかった。青年の大多数が自分を官庁や、できるだけ安定した企業に合わせて、身を委ねたい。

 「終活」といって、人生の終わりを準備する言葉まで、流行っている。本来、活動という言葉は、いきいきと行動することを意味しているが、就活や、終活というと、生気が感じられない。

 なぜ、中国と李氏朝鮮は無為無力で亡びたか

 19世紀に西洋の帝国主義勢力が、津波のようにアジアに押し寄せた時に、中国も、李氏朝鮮も、日本と異なって、新しい挑戦に対応することができず、立ちすくむだけだったために、亡国を強いられた。

 その大きな原因が、科挙制度にあった。科挙が、両国から活力を奪った。隋代から行われたが、2000年前の四書五経の暗記力を試すものだった。

 受験戦争は科挙によく似ている。日本を滅ぼすことになるのではないか。


  歴史を通じて天皇は日本の統治者
    Date : 2017/08/03 (Thu)
 天皇は日本の統治者であられる。

 そういうと、今日の多くの日本国民が「あなたは日本国憲法を知らないのか。憲法は国民が日本の主権者だと、規定している。国民が日本の統治者だ」といって、反論するはずだ。

 だが、統は「統(す)べる」「ばらばらなものを1つにまとめる」ことであり、治は「治(おさ)まる」ことを意味する。

 もし、日本に天皇がおいでにならなかったとしたら、日本は1つに纏まることがなく、治まることがないだろう。お隣の韓国のような不安定な国になる。

 たしかに、現行の日本国憲法では、国民が国家の主権者であって、天皇の地位は「国民の総意に基く」と定められており、国民が天皇の上にある。

 だが、日本では歴史を通じて、どの時代をとっても、国民が天皇を戴(いただ)いてきた。日本国憲法は天皇の地位を国民の下に置いているが、日本にそぐわない。

 もちろん、天皇は日本の政治の統治者ではない。天皇は日本の歴史を通じて、精神的な統治者であられてきた。

 しかし、政治が安定するためには、国民の精神が1つに纏っていることが、前提となる。

 6月に『天皇の退位等に関する皇室典範特例法』が国会で成立したが、今日の日本には、2人の天皇が存在している。1人が現行憲法のもとの天皇であり、もうお1人が日本の歴史のうえでの天皇でいらっしゃる。

 2000年の日本の歴史の重さと較べたら、敗戦と外国軍による占領という異常な事態のもとで強要された、日本国憲法は軽い。現行憲法は「日本国憲法」と呼ばれているものの、とても「日本国」の名に価しない。

 6月に国会で可決されて成立した『皇室典範特例法』は、日本国憲法のもとの天皇を対象としている。

 私はこの特例法について、不満がある。1つは「天皇の退位等に関する」といって、「退位」という言葉が用いられていることだ。なぜ、「譲位」としなかったのか。

 退位は100年前のロシア革命によって、ニコライ皇帝が退位を強いられて、ロシアのロマノフ王朝が滅びたとか、第1次世界大戦に敗れたドイツのウィルヘルム皇帝が退位したことによって、ドイツが共和国に変わったように、皇位が皇嗣(こうし)(嗣は世継ぎ)によって継がれない場合に、しばしば用いられてきた。

 特例法が譲位後の天皇の称号を「上皇」と定めているのに異議はないが、皇后をこれまで日本語になかった新語を造って、「上皇后」とお呼びするというのに、目を疑った。なぜ、「皇太后」とお呼びしないのか。

 皇室は古い、長い伝統から力をえてきた。それまで存在しなかった新語を造るたびに、皇室の力が弱められることになる。

 選挙によって選ばれる国会は、一過性のものでしかない。天皇の譲位をはじめとする、天皇家のありかたは、国会ではなく、天皇家にお任せするべきだ。皇室典範を天皇家の家法として、憲法と対等なものとするべきだと思う。

 陛下は昨年8月のお言葉の冒頭で、天皇のもっとも重要な役割として、宮中祭祀をあげられた。新しい憲法では、天皇が「祈る存在」であることを、明記してほしい。

 古来から日本は、祈る国家であってきた。日本を無神論の国家としてはならない。


  144年も変わらぬ日韓関係 文政権が韓国崩壊を招く?
    Date : 2017/07/24 (Mon)
 韓国で、親北朝鮮の文在寅(ムンジェイン)政権が登場した。

 それでも、わが大使館とプサンの総領事館の前に設置された慰安婦像が、撤去されることはない。
 
 やれやれ、日韓関係は144年も全く変わっていないのだ。

 明治6年に、朝鮮政府が日本の唯一つの外交公館として、釜山(プサン)にあった倭館の前に、日本を「罵詈譫謗(ばりせんぼう)」(罵る言葉)を連ねた、漢文で数千字にのぼる告示文を掲示した。

 内容は、日本の明治の改革を頭から否定して、日本が儒教の礼を踏み躙り、服装を西洋式に変えたことを痛罵し、日本が禽獣以下の国だとなじるものだった。

 日本側の抗議に対して、告示文を撤去することを拒んだ。日本政府はこの無法な告示文に激昂し、西郷隆盛をはじめとする太政官が、征韓論を唱える切っ掛けとなった。

 今日、この告示文の写しが、外務省外交史料館に保管されている。

 日本で嫌韓論が募っている。いったい韓国にどう対応したら、よいのだろうか?

 私は韓国は変わらないから、あるがままの韓国を受け容れて、経済、安全保障、文化に限って、互恵関係を結ぶべきだと思う。

 アメリカにキリスト教の一派のアーミッシュの共同体があるが、電気も、電話も、自動車も、いっさいの機械の使用だけでなく、聖書以外の読書、讃美歌以外の音楽を禁じている。敬虔な愛すべき人々だ。

 イスラエルに「オーソドックス・ジュー」と呼ばれる、ユダヤ教の厳格な戒律を頑なに守る人々がいる。聖書が肌に刃を当てることを禁じているから、髭を剃らない。シャバット(安息日)――金曜日の日没から土曜日の日没まで乗り物に乗らないし、火を点じることがない。信仰心が篤い人々だ。

 アーミッシュ教徒や、オーソドックス・ジューに、生きかたを変えるように求めるものだろうか?

 反日(パンイル)が韓国民の愛国心を支えて、元気の素となっている。韓国はかつて自国を小中華(ソチュンファ)と呼んで、中国の藩属国であることを誇って、日本を蔑(さげす)んできた。その日本が韓国を追い越したのが、誇りを傷つける。

 そのかたわら、韓国民は日本の発展が羨ましい。反日の裏では、日本に憧れている。韓国には「荘(ソジュン)」という、日本語にない言葉がある。

 韓国民の心情を理解して、日本が韓国の活力の源となっていることを喜びたいものの、明治初年の日本を苦しませたのが、朝鮮半島だった。日本は朝鮮半島をめぐって、清国とロシアと死活を賭けて戦うことを強いられた。 

 いま、北朝鮮から発する脅威が、日本を戦(おのの)かせている。それだけではない。文政権によって、韓国が崩壊する可能性がある。

 私は6月にワシントンに滞在したが、政権内部の友人が「もし文政権が北朝鮮に1ドルでも渡したら、われわれは黙っていない」といった。

 「どうするつもりなのか」と尋ねたが、笑って答えなかった。おそらく韓国の国軍を動かして、クーデターで文政権を倒そうということなのだろう。

 トランプ政権は民主的に成立した政権を倒したくないだろうが、オバマ政権がエジプトで民主的選挙によって登場したムスリム同胞団政権を軍が倒したのを黙認したのと、同じことになろう。


  機能不全に陥る国連の体たらく
    Date : 2017/07/06 (Thu)
 いったい、国連は世界平和の役に立っているのだろうか? まったく立っていない。

 いったい、国連は日本の役に立っているのだろうか? 答は、国連自体が役に立たない国際機構だ。それなのに、どうして日本国民は国連を後生大事にするのだろうか?

 なぜ、国連加盟国の分担金は、それぞれ加盟国の経済規模によってきめられているのに、日本はアメリカについで2番目に大きな分担金を収めているのだろうか? 

 中国は経済規模を示す国際尺度であるGDPで、日本の2.3倍もあるが、国連分担金では第3位であって、日本の80%だ。

 第1問から答えよう。今世紀に入って起った、大きな戦争と危機をとろう。

 2001年にイスラム過激組織『アル・カイーダ』が、ニューヨークの世界貿易センタービルを攻撃して破壊した。アメリカは『アル・カイーダ』の根拠地だった、アフガニスタンのタリバン政権を倒し、イラクと戦った。

 11年にオバマ政権が、カダフィ政権のリビアに軍事攻撃を加え、2年後にシリアの反体制勢力に武器と資金を供給して、リビアとシリアを収拾がつかない混乱に陥れた。

 翌年、プチン大統領のロシアがウクライナに軍を侵攻させて、クリミア地方を奪い取って、ウクライナ東部を切り取りつつある。

 国連はこの大きな危機に当たって、蚊帳の外に置かれていた。アメリカも、ロシアも、国連が邪魔になるから、介入させなかった。

 いま、日本は北朝鮮が核実験・ミサイル試射を繰り返しているために、深刻な危機に直面しているが、そのつど国連安保理事会は北朝鮮を非難して、経済制裁決議を行ってきた。

 だが、中国は北朝鮮に経済制裁を加えることを躊躇している。それどころか、中国政府の発表によっても、今年1月から4月まで中鮮貿易額は、かえって増加している。そのわきで、ロシアは北朝鮮を援けるために石油を供給するなど、金正恩体制を支えている。

 中国が尖閣諸島に武力を行使した場合に、国連は援けてくれるだろうか? 米ロ英仏とともに、国連の最高意志を決定する安保理事国で拒否権を持っているから、国連は動けない。

 国連は“平和の殿堂”ではない。加盟国が自国のエゴを剥き出しにして闘争する、古代ローマの剣闘士のコロシアムのようなものだ。

 国連憲章からして、欠陥文書だ。「平和愛好国」を加盟資格としているが、北朝鮮や、中国や、ロシアが「平和愛好国」だろうか?

 国連が人権を援護するはずがない。北朝鮮、ミャンマー、トルコとあげても、人権を蹂躙している加盟国がほとんどだ。中国はチベット、新疆ウィグルで過酷な弾圧を行っている。

 国連は傘下に、世界保健機関(WHO)、食糧農業機関(FAO)、国際労働機関(ILO)、世界貿易機関(WTO)など、数多くの専門機関や、委員会や、研究所を抱えている。これらの機関の予算は、国連本体とは別勘定で、日本はWHOをはじめとして、アメリカにつぐ分担金を収めている。

 国連は職員全員が、1946年の「国連の特権免除に関する条約」によって、治外法権とされている。日本では報道されないが、そのために巨額の着服、横領、浪費が行われていることが、長年にわたって問題となってきた。国連は自浄能力を欠いている。

 加盟国が193ヶ国にのぼるが、多くの加盟国だけでなく、国連職員の質が悪い。5月にアメリカのAP通信社が、国連内部の機密文書を暴露したが、WHOは毎年職員の旅費だけで、何と2億ドル(約222億円)以上も、支出している。

 国連は教育科学文化機関(ユネスコ)が、中国が申請した“南京大虐殺”の記録を、「世界文化記憶遺産」として認定し、拷問禁止委員会が一昨年の慰安婦に関する日韓合意を見直すように勧告するなど、頻繁に日本に害を及ぼしている。国連は穀潰(ごくつぶ)し機関だ。


  “自衛隊の保持”を明記すべき火急の時
    Date : 2017/07/05 (Wed)
 5月3日の憲法記念日に、安倍晋三首相が2020年までに憲法を改正して、改正憲法を施行したいと述べて、第9条1項と2項をそのままにして、3項として自衛隊を保持することを加えることを、提言した。

 9条1項は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」、2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と定めている。

 私は『美しい日本の憲法をつくる東京都民の会』の共同代表を、下村博文先生、長谷川美千代先生とつとめているから、これから述べることは、私見であることを前置きしたい。

 私は第九条1、2項を改めずに、自衛隊の存在を3項として新しく加えるという、安倍首相の提言に双手をあげて賛成したい。

 北朝鮮危機が募るなかで、5月にヘリコプター搭載護衛艦『いずも』が、安保関連法のもとで米艦を護衛する任務を与えられて、横須賀を出港した。テレビのニュースで映像が放映されたが、艦尾の旭日旗が目に染みた。

 新聞や、テレビがすでに4月に入ってから、海上自衛隊と航空自衛隊が、米艦や、米空軍の爆撃機を護衛する共同訓練を実施してきたことを報道していた。

 日本の若者が生命(いのち)を賭けて、任務についているのだ。

 現行の日本国憲法は、誰もが知っているように、アメリカが占領下で自由意志を奪われていた日本に、押し付けたものだ。

 マッカーサー元帥が、占領下にあった日本について、「日本は12歳の少年だ」と公言したことは、有名だ。この発言は、占領下の日本の新聞各紙に大きく載っている。
 
 現行憲法は日本が自前の軍隊を持つことを禁じているが、アメリカは未来永劫、日本という“少年の国”を半独立国化して、アメリカが守るつもりでいた。

 護憲派の人々は、気づいていないのだろうが、恥しいことにアメリカに対する属国根性を丸出しにして、アメリカに甘えている。

 そして、多くの現行憲法を護りたいと願っている純朴な善男善女が、現行憲法は平和を願う真摯な祈りであると、信じているのだろう。

 ところが、現実は厳しい。国民の生命と安全をただ祈るだけでは、守ることはできない。

 核実験と弾道ミサイルの試射を繰り返している北朝鮮も、隙あれば尖閣諸島を奪おうと狙っている中国も、自国民の自由を力によって抑えつけている、一党独裁政権のもとにあって、自国民を武力を用いて従わせている政権は、外に対して武力を使うことを躊躇しない。

 今年は日本が対日講和条約によって、独立を回復してから、65年目に当たる。もちろん、アメリカはもはや今日の日本が12歳の少年だと、みなしていない。

 今日のアメリカは、日本が攻撃を蒙った時には、アメリカだけではなく、日本もアメリカ軍と一体になって、日本を守るために戦うことを期待している。もし、日本がそうしなければ、アメリカは日本を放棄しよう。

 日本国民は日本が危機に陥った場合に、自衛隊員が戦うことを期待している。それなのに、憲法に自衛隊の存在が書かれていないのは、自衛隊員に対して残酷なことだ。

 9条2項と矛盾しようが、火急な場合だ。自衛隊を保有することを、3項で規定しよう。


  私は韓国贔屓だ
    Date : 2017/07/05 (Wed)
 私にとって韓国は、もっとも親しい国だ。

 韓国で政権が交替した。それでも、わが大使館とプサンの総領事館の前に設置された慰安婦像が、撤去されることはないだろう。

 やれやれ、日韓関係は144年も全く変わっていない。

 明治6年に、朝鮮政府が日本の唯一つの外交公館として、釜山(プサン)にあった倭館の前に、日本を「罵詈譫謗(ばりせんぼう)」(罵る言葉)を連ねた、漢文で数千字にのぼる告示文を掲示した。

 内容は、日本の明治の改革を頭から否定して、日本が儒教の礼を踏み躙り、服装を西洋式に変えたことを痛罵し、和船でなければ入港を認めないのに、洋夷を模倣した蒸気船を用いることなど、日本が禽獣以下の国だとなじるものだった。

 日本側の抗議に対して、告示文を撤去することを拒んだ。日本政府はこの無法な告示文に激昂し、西郷隆盛をはじめとする太政官が、征韓論を唱える切っ掛けとなった。

 今日、この告示文の写しが、外務省外交史料館に保管されている。

 日本で嫌韓論が募っている。だったら、いったい韓国とどう交際したらよいのだろうか?

 私は韓国は変わらないから、あるがままの韓国を受け容れて、経済、安全保障、文化に限って、互恵関係を結ぶべきだと思う。

 アメリカにキリスト教の一派のアーミッシュの共同体があるが、電気も、電話も、自動車も、いっさいの機械の使用だけでなく、聖書以外の読書、讃美歌以外の音楽を禁じている。敬虔な愛すべき人々だ。

 イスラエルに「オーソドックス・ジュー」と呼ばれる、ユダヤ教の厳格な戒律を頑なに守る人々がいる。聖書が肌に刃を当てることを禁じているから、髭を剃らない。シャバット(安息日)――金曜日の日没から土曜日の日没まで乗り物に乗らないし、火を点じることがない。信仰心が篤い人々だ。

 アーミッシュ教徒や、オーソドックス・ジューに、生きかたを変えるように求めるものだろうか?

 反日(パンイル)が韓国民の愛国心を支えて、元気の素となっている。韓国はかつて自国を小中華(ソチュンファ)と呼んで、中国の藩属国であることを誇って、日本を蔑(さげす)んできた。その日本が韓国を追い越したのが、誇りを傷つける。

 韓国民の心情を理解して、日本が韓国の活力の源となっていることを、喜びたい。


  アメリカを見縊る北朝鮮 気になる中国、ロシアの動向
    Date : 2017/06/22 (Thu)
 5月21日に、金正恩委員長の北朝鮮がアメリカを嘲笑うように、2発の中距離弾道ミサイルを続けて試射した。

 ピョンヤンでは数万人以上の市民が、目抜き通りを埋めて動員されて、ミサイル試射の成功を手に手に小旗を振って、万歳を叫んで祝った。

 5月9日に、韓国で大統領選挙が行われて、北朝鮮に対する融和政策を公約として掲げた文在寅候補が、当選した直後の5月14日にグアム島、アラスカまで射程に収める長距離ミサイル1発を撃ちあげてから、僅か2週間以内に3発試射したことになる。

 5月14日は、中国にとって今年の最大の国際行事だった「一帯一路会議」が、北京で開幕した日だったから、習近平国家主席の顔に、泥を塗ったことになった。

 トランプ政権は1月に発足してから、もし北朝鮮が6回目の核実験を強行するか、アメリカ本土まで届く大陸間弾道弾(ICBM)の試射を行う場合には、北朝鮮に軍事攻撃を加えるといって、威嚇してきた。

 朝鮮戦争が1953年に終わってから、北朝鮮は金日成主席、金正日第一書記のもとで、米軍を攻撃するか、韓国に対してテロ事件をしばしば行ってきたが、一度として米韓から軍事攻撃を加えられることがなかった。

 大きな事件をあげれば、1968年に米情報収集艦プエブロ号を公海上で攻撃して、拿捕した。この時に、プエブロ号の乗組員1名が被弾して死んだ。その3年後に、公海上を飛行する米電子偵察機を撃墜した。

 そのつど、第2次朝鮮戦争が起るのではないか心配されたが、アメリカが自制した。

 プエブロ号事件直前に、北朝鮮の特殊部隊が越境し、ソウルの大統領官邸の青瓦台襲撃未遂事件が発生し、83年にラングーン事件、87年に大韓航空機爆破事件が起こった。韓国も北朝鮮に攻撃を加えることがなかった。

 そこで、金正恩委員長はアメリカを見縊(みくび)っているのではないか。

 クリントン政権が、北朝鮮が94年に黒鉛型原子炉からプルトニュウムを抽出すると、北朝鮮が核開発を凍結するかわりに、軽水炉を提供することで合意して、食糧援助を行った。その4年後に、北朝鮮がはじめて弾道ミサイルを実験したが、ミサイル試射を停止するのと引き替えに、再び食糧援助を実施した。

 2006年に、北朝鮮ははじめて核実験を行った。ブッシュ(息子)政権はイラク戦争に忙殺されていたこともあって、北朝鮮が6ヶ国協議に戻ることと交換して、金融制裁を解除するとともに、食糧援助を提供した。

 北朝鮮が5月21日に弾道ミサイルを連射すると、中国、ロシアも加わって、国連安保理事会が北朝鮮を非難する決議を行った。

 だが、中国はアメリカの顔色を窺っているものの、北朝鮮に対して厳しい経済制裁を加えるのを躊躇しているし、ロシアは北朝鮮に新たに石油を供給するなど援けている。

 中国にとって、アメリカが北朝鮮の核・ミサイル開発を放棄させるために、中国を頼りにしていることから、北朝鮮がアメリカを挑発するほど、中国の値打ちがあがることになる。もっとも、その塩加減が難しい。

 ロシアはアメリカが北朝鮮を威嚇することに反対して、対話によって平和的に解決することを主張している。ロシアはイラン、シリアなどの反米諸国を支援しているが、北朝鮮はそのなかの駒の一国として役に立つのだ。


  柴又の寅さん、男はつらいよ  鰻なんて食い物はな・・・
    Date : 2017/06/22 (Thu)
 4月なかばに春寒(はるざむ)も終わって、新緑が眩しくなると、旬の葉菜を味わうのが楽しい。

 中島兄哥(あにい)と姐さんを、赤坂の小料理屋のTに誘って、一献傾けた。

 兄貴に会うたびに、千軍万馬(せんぐんばんば)――あまたの戦場に臨む――の半生を送ってこられただけに、学ぶことが多い。知恵は経験から涌くことを、教えられる。

 兄貴と姐さんはいつも睦み合って、理想の夫婦(めおと)、いや婦夫(めおと)だ。

 古文では、夫婦(めおと)は女男(めおと)、妻夫(めおと)と書かれたものだった。今でも和船に使われる、両端が尖って打ち合わせる釘は、女男(めおと)釘(くぎ)と書かれる。

 夫が妻に向って、妻が良人(おっと)に向って心の礼を重んじる。男女のあいだでは、形の礼よりも、心の礼が大切である。

 兄貴と姐さんは、日の本のよき妻夫(めおと)だ。伊(い)奘(ざな)諾(ぎ)と伊邪冉(いざなみ)の風(なぎ)と波(なみ)の男女の二神が、戯れあっているうちに、恋におちて、麗しい日本が生まれた神話を、目の当たりにするようだ。

 それにしても、某省政務官のように、道義をまったく心得ない政治屋がいるが、不徳の輩が絶えないのは、残念なことだ。

 明治の新聞小説の第一人者だった村井弦斎が、「結婚した後は酒道楽や女道楽勝手次第、自分の妻や子に対して一片の温情がない人も沢山いる。自分の一家を斉(ととの)える事も出来ない人が、一国の政治を論議するなんぞ大(おおき)な顔をしているし、自分の家庭を神聖にする事も出来ないで、青年を教育すると威張る先生もある」と、慨嘆している。

 私は母方の祖母と母親から「男は台所に入ってはならない」「何でも感謝して食べて、美味しい不味いといってはならない」と厳しく躾けられたので、美食を蔑むように育った。

 祖母は会津の武家の血を、ひいていた。それに戦時中、占領下で、食糧事情が悪かった時代の子供だったので、食事といえば腹を充たせばよく、舌で味わうよりも、口で味わうのが、いまだに癖となっている。

 柴又の寅次郎『男はつらいよ』シリーズのなかで、おいちゃんが宇野重吉が扮する男に、「鰻(うなぎ)なんて食い物はな、額に汗して働く人間には、1年に2度かそこらか、何かよほど芽出度(めでた)いことがあった時に、今日は蒲焼でも食べようかって、大騒ぎして食うもんだ」と、意見する場があったのに、大いに共感したものだった。

 幕末生れの祖母と、明治生れの父親の影響なのだろうか。

 それでも、仕事で料亭で御馳走になるうちに、和食を好むようになった。Tには40年も馴染みの客となっているが、酒道楽はしたことがあっても、女道楽をしたことがないから、赤坂の艶(えん)として鳴らした名妓だった女将に、岡惚れしたからではない。

 私たち日本の精神文化の最大の特徴を、ひとことでいうと、清浄感だ。

 和食は淡白で、できるかぎり自然をそのまま取り入れている。素材の味を損なわずに、山や森や、川や海の霊気が宿っており、季節と自然の恵みを楽しむ。

 和食では何よりも季節を大切にするが、Tでも座敷に季節ごとに合う掛け軸がかけられている。

 欧米で高級レストランに招かれると、壁にいつも同じ高価な油絵が掛けられていて、季節によって替えないから、興がそがれる。

 中華や、フランス料理はさまざまな素材を用いて、もとの素材にない味をつくりだす。化学の実験のようだから、なじまない。

 日本人の美意識は、雅(みやび)にある。派手なものや、金銀のように光るものを嫌ってきた。雅(みやび)の語源は、平安朝の「宮び」からきているが、そこはかとない、ほのかな美しさや、香りを尊んだ。

 『源氏物語』は雅(みやび)の文学だが、「風涼しくてそこはかとない虫の声が聞こえ」(帚木)というように、抑えられた美である。和食も、そこはかとない隠し味を、楽しむ。

 自然は自分をそのまま、見せる。誇張することがない。

 兄貴の姐さんが匂(にほ)やかに微笑むたびに、座が和(なご)む。兄貴夫婦は明るさを春の空と、分かち合っているようで、気風(きっぷ)がよい。

 始終愚痴をぶつけ合っている夫婦が多いのに、お2人は毎日、天上で生活しているような、心持ちでおられるのだろう。

 Tの女将も、姐さんも、深水の絵から抜け出たように美しい。床の間に美女の精が宿ったような、一茎の花が飾られていたが、3輪の花が競っていた。小生にとって、まさに一生一夢だった。

 式部が『源氏物語』の「雨夜のさだめ」のなかで、美女が少ないことを嘆いているが、もしこの場にいたら、筆運びが変わったはずだ。

 それにしても、今の日本では、女らしくない女ほど悦ばれる世相なのか、娘となっては淑女、嫁いだら良妻がいなくなった。惣菜1つ作ることができず、衣服も縫えないのに、心掛けだけが生意気なのだから、煮ても焼いても、食えない。どこを見ても、偽造の女ばかりだ。

 女は料理に長けていなければ、程(ほど)と加減を知らないから、夫婦関係も、男女関係もすぐに破綻する。

 そこへゆくと、愚妻は式部に「雨夜のさだめ」を書き直す労をとらせることがないが、夫の餌づけ――料理となると、得意だ。

 兄貴が別れぎわに、京都のとれたての見事な筍を、贈ってくれた。

 わが家に戻ってから、待っていた愚妻としばし見惚れた。一瞬、兄貴と姐さんのように、夫婦は竹藪のように根がしっかりと繁っていることを教えるために、筍を選んでくれたのだろうかと、思った。

 藪医者にもなっていない、未熟な駆け出しの医者を筍医者という。まさか、私が筍評論家だというお叱りでは、なかっただろう。

(中島繁治氏は日大OB誌『熟年ニュース』主催者)


  渡部昇一先生を野辺へ送って
    Date : 2017/06/13 (Tue)
 親しい人が逝ってしまうと、自分のなかの大切な一部が欠けたように感じる。

 4月に、渡部昇一先生が亡くなった。先生は天の日本への贈物だった。

 先生は私より6歳年上だった。私は先生の訃報に接して、新約聖書のキリストの有名な「わたしが来たのは、彼らがいのちを得、それを豊かに持つためです」という言葉を思った。先生は英国とドイツに留学され、英語、ドイツ語に通じられていた。 

 私は英語とドイツ語の聖書で、この言葉を読んでみた。英語訳ではI have come that men may have life and they have it in all its fullness.ドイツ語だとIch bin gekemmen, damit sie Leben haben und es in Fulle haben.となっている。

 生命力の限りに生きろ

 生命を持つ、have, haben.人はキリストがやって来たことによって解放されたから、生命力の限りに生きろという、血をたぎらせる力があるが、日本語ではあたかも生命が共有物であって、生命を持たされているように、弱々しい。

 渡部昇一先生の士魂とは

 先生は明治維新をもたらした幕末の志士のように、強烈な個性を持っておられた。いつ、日本人は集団のなかに埋没して、自分を尊ばなくなったのだろうか。

 日本の大衆は付和雷同して、そろって「風」に流される大きな欠陥がある。昭和に入って大衆社会が到来し、とくに敗戦後、士魂が失われたために、国民が風潮によっていっそう弄(もてあそ)ばれるようになった。

 江戸時代には、「お蔭(ぬけ)参り」現象が周期的に発生した。天から伊勢神宮のお札が降ってきたという流言がひろがり、大きなものでは、毎回2、300万人が、子は親に、妻は夫に、奉公人は主人に断わりなく飛び出して、奔流のようになって踊り歌いながら、神宮へ向かった。

 お蔭参りには、武家も、その家族も加わらなかった。江戸期の流行神(はやりがみ)現象も、同じことである。ある神社、仏寺か、祠に詣でると、御利益がえられるという噂がひろまると、参詣客がそこへ一時だけ殺到する。

 日本国民には群集心理によって、左顧右眄する弱点がある。

 70周年を迎えた現行憲法の正体

 この5月に現行憲法が施行されてから、70年目の記念日が巡ってきた。

 現憲法の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、安全と生存を委ねれば安心だ」という前文は、占領軍が流した流言蜚語でしかないのに、現行憲法をいまだに崇めている国民が多い。

 渡部先生はたゆまず知を磨かれ、世論に媚びることなく、信念を貫かれた。

 森鴎外が明治14(1911)年に、「時代は東西両洋の文化を、一本づゞの足で踏まへ立ってゐる学者を要求する」(『鼎軒先生』)と、説いている。

 先生はまさに東西両洋を踏まえた、碩学でいられた。

 それでいながら、先生は江戸の粋を身につけられていた。和服姿が似合われた。

 ときおり馴染みの洋食や、和食の食堂に誘って下さったが、そのつど帰る時に、店主に小さな祝儀袋に入れた心付けを、渡された。

 『立て! 日本』

 いまから18年前に、先生は私との対談本『立て! 日本』(高木書房)のあとがきで、こう書いて下さった。

 「加瀬さんは私より年下だが、ジャーナリズムに登場されたのは、私よりもずっと早い。そしてユニークなのは就職先を示す肩書きがないことである。外交や政治や歴史の評論をする人は、たいてい大学で教えているとか、いたとか、新聞記者だとか、だったとか、何かしら給料をもらう仕事についている人、あるいはついていた人が多い。しかし、私の知る限り、加瀬さんは大学教授とか助教授とかの肩書きをつけたことがない。(略)」

 「大学であれ、新聞社であれ、研究所であれ、役所であれ、そこに勤めることは給料をもらう。給料のみで生きる人を、英語ではデペンデントであるといい、左翼的用語で言えばプロレタリアートである。これと反対に、どこかに勤めるという形で自分の労働(知的労働であれ、肉体的労働であれ)を売る必要のない人は、有産階級、英語で言えばインデペンデントな人ということになる。よき時代のイギリスには、こういうインデペンデントな思想家・著述家が、たくさんいた。

 独立自尊の活動

 われわれが知っている19世紀から20世紀にかけての有名なイギリスの著述家・思想家の名前をあげると、そこに大学教授の肩書きのある人がほとんど一人も見つからないことに気付く。(略)こういう人が多くいたことが、イギリス文明の世紀を作ったと言える。インデペンデントな身分で学問し著作する人を――詩や小説の分野は別であるが――ジェントルマン・スカラーと言う。インデペンデントだから、インデペンデント(独立自尊)な知的活動ができる。この意味で加瀬さんは現在日本では、ほとんど唯一人のジェントルマン・スカラーであると言えるかも知れない。(略)

 加瀬さんは極めて豊かな人脈、情報源を国の内外に持ち、またよく勉強し続けてこられて、その思考は常にインデペンデントであった。時流におもねることなく、信ずることを述べてこられたように見える。長い言論人としての生活において、加瀬さんが取り消さなければならない過去の発言は、おそらく皆無であろう。(略)」

 石原萠記先生とのお別れ 

 2月に、石原萠記先生が92歳の天寿を全うされた。私より干支で1回り歳上だったが、半世紀にわたって漢籍でいう忘年交の交際を賜わった。

 先生は20代から社会主義運動に邁進され、日米、日ソ、日中、日台、日韓間の絆を強めるために努められたかたわら、月刊誌『自由』を創刊されて、出版人として世論を矯正すべく、力を盡された。

 いまから33年前に、先生から「お願いがある」といわれ、雑誌『自由』編集委員会代表を引き受けることを頼まれた。もちろん、先生の頼みだから、詳しいことも尋ねずに引き受けた。竹山道雄先生が亡くなられたあとを、継いだ。委員会代表といっても、何も仕事がなかった。

 『自由』が廃刊になるまで、しばしば右寄りの人々から「なぜ左の雑誌の代表をつとめるのか」と、詰られた。私は「右も左も同じ日本人じゃないですか」と答えた。

 『サンドイッチマン』は戦後生活史の歌

 先生は歌をうたわれるのが、好きだった。新宿に労組幹部の溜り場だった『萌木(もえぎ)』というスナックがあったが、先生はかならず十八番(おはこ)の『サンドイッチマン』を歌われた。戦後日本が焼け跡から立ち上った、復興期の戦後生活史の歌の一つだった。

 石原先生も、暖かい心を持っていた。ほとんどの日本人が頭だけで考える、世知辛い社会になりつつあったなかで、心を用いて生きていられた。頭だけが主役となった、効率だけを追う社会が到来するなかで、時代に遅れたところを持っていられた。

 人間であることを見失ってはならない

 今日の日本は人間社会が、貨幣社会にいっそう近づくようになっている。人がAI――人工知能に似て、息苦しい社会が生まれようとしている。ロボットには、心を分かち合う家族も、友達もいない。

 今年は、夏目漱石の生誕150年に当たる。漱石は西洋によって強いられた文明開化の濁流によって、日本人から徳目が奪われてゆくのに憤った。

 「今の世で神経衰弱にかからぬ奴は金持ちの愚鈍なものか、無教育の無良心の徒か、さらずば二十世紀の軽薄に満足するひょうろく玉に候」と、門下生だった児童文学作家の鈴木三重吉へ手紙を送っている。

 このごろの人は身勝手な幸せを追うために、かえって自分を傷つけているが、幸せはあくまでも努力した結果として、ついてくるものだということを、先生の世代の先輩たちから教えられた。


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