加瀬英明のコラム
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  「希望の党」が憲法改正の希望となる日
    Date : 2017/11/08 (Wed)
 10月22日の開票の結果によって、65年にわたった日本の長い暗夜が終わって、日本に朝が訪れることになるかもしれない。

 9月28日に、民進党の両院議員総会が開かれて、前原誠司代表の呼び掛けに従って、民進党の衆院議員全員がそろって離脱して、小池百合子代表の希望の党に合流することに合意した。

 私はその直後に、小池代表が「改憲・安保法に反対した者は、受け入れない」といって拒んだ時に、神々は日本を見離していないと、胸が躍った。
 
 一部で、「同じ女性でも、若い弁護士を弄んだ山尾先生よりも、小池先生のほうが日本を弄んでいるから、スケールがはるかに大きい」と揶揄(やゆ)していたが、私は小池代表が日本の朝を引き寄せたと、思った。

 自公がどれだけとるか、希望の党がどこまで伸びるのか分らないが、日本維新の党を加えれば、改憲勢力が日本の強い流れとなることを期待している。

 私は選挙についてまったくのシロウトだから、淡い希望で終わるかもしれない。

 もっとも、希望の党は誰でも名乗れる党名だし、「花粉症をゼロにする」といった、手軽な公約に不安がのこる。

 それにしても、前原代表を選出した民進党大会から僅か28日後に、希望の党に雪崩をうって合流したいと望んだ民進党の“リベラル派”議員は、情けない。慌てて「立憲民主党」をつくったが、“ホームレスの”党とか、“おちうどの”党とかルビをふりたい。

 “リベラル派”議員は「〽ドングリころころどんぶりこ、小池にはまってさぁ大変」という、児童劇を演じているのだろうが、私は選良がたが醜態を演じるのを見て、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが、かつて「日本人にとって信念は、心理的衣装(サイコロジカル・コスチューム)にしかすぎない」と指摘したことを、思い出した。

 ハーンは多くの日本人がすぐに新しい状況に身を委ねるので、信念とか、理念といっても、借着のようなものだと皮肉ったのだった。

 “リベラル派”の議員は、希望の党がまだ政策も発表していなかったのに、全員が駆け込むことにしたのだから、信念も理念もあったものでなかった。なぜ、民進党に留まらなかったのか。信念は借着だったのだ。

 かつて村山富市氏が、自民党との連立政権の首相となった時に、それまで自衛隊が違憲であり、日米安保条約を解消する信念を主張していたのに、自衛隊も、日米安保体制も受け入れた。

 護憲派の多くの人々が、この程度の信念しか持っていないとすると、この人たちに国民の生命を託してよいのか、疑わざるをえない。

 護憲派が信仰する平和主義は、精神が何よりも尊いとする精神主義であって、精神が日本の平和を護ってくれるというものだ。北朝鮮も、中国も、この崇高な精神を理解してくれるはずだから、日本を害することがないと、確信しているのだろう。

 護憲派の人々に「『平和憲法』と呼ばれる、日本国憲法は精神主義でしかない。呪(まじな)いの護符以外の何ものでもない」といったら、きっと怒ることだろう。

 私は護憲派の善男善女を見ていると、72年前の夏の敗戦の最後の日まで、「神州不滅」「一億総特攻」を叫んでいた狂信的な軍人たちが、“護憲主義”の衣をまとって舞い戻ってきたのに、ちがいないと思う。多くの至純な軍人たちは、「“万邦無比(世界に他にない)の日本精神”があるから、日本は絶対に滅びない」と、確信していた。

 護憲主義も、惨憺たる敗戦を招いた精神主義であって、何一つ変わらない。

 先の大戦が終わってから、72年もたつのに、いまだに日本は危険きわまる国粋主義の手から逃れることが、できないでいる。

 日本国憲法が、その邪しまな聖典となっている。一日も早く憲法を改めたい。


  トランプ大統領のアメリカを見誤ってはならない
    Date : 2017/10/30 (Mon)
 私はこのままゆけば、トランプ大統領が2020年に再選される可能性が、高いと思う。 

 日本ではトランプ大統領のもとで、アメリカが解体しかねないとか、弾劾されてじきに罷免されようという議論が、さかんだ。今日のアメリカについてまったく無知な見方が、大手を振って罷り通っている。

 アメリカで国を2つに割って、壮絶なカルチャー・ウォア――文化戦争と訳すべき戦いが繰り広げられている。毛沢東のもとで行われた、「文化大革命」に匹敵するものだといえよう。

 大混乱だ。伝統的なアメリカを融解させようとする、ニューヨーク、カリフォルニア州を中心とする急進(リベラル)勢力と、「ミドル・アメリカ」と呼ばれるアメリカ中西部諸州を中心とする旧守勢力が戦っている。

 ヒラリー・クリントン支持は何か

 急進(リベラル)勢力は昨年の大統領選挙でヒラリー・クリントン候補をあげて支持した、知的エリートに従う市民層、大手新聞・テレビ、グローバリゼーションを追求する大企業などだが、“台風の目”は、LBGTQや、男女差、人種、不法移民などに対する、いっさいの差別を排除し、自己主張を何よりも尊ぶ「アイデンティティー・ポリティクス」である。

 LBGTはレズビアン、バイセクシュアル、ゲイ、トランスセクシュアルの頭文字で、日本でも知られているが、“Q”はqueer(クイアー)で、LBGTの総称でもあったが、このあいだまでは変態、変人を意味する罵り言葉だった。ところが、いまでは真当な言葉とされている。

 「私はクイアーだ(アイム・クイアー)」と胸を張って、いえるようになっている。もし、そういわれたら、敬意をこめた表情をして、頷かねばならない。

 ニューヨークや、カリフォルニア州などの幼稚園や小学校では、入園、入校する児童に「男の子として扱われたいの、女の子として扱われたいの」と、たずねなければならない。

 昨秋、『ニューヨーク・タイムズ』紙の一面に「ミスター、ミセス、ミスは性差別に当たるから、Mxと呼ばなければならない」という、大きな記事が載った。
 
 私はその直後に、アメリカ大使館の女性の公使と夕食会で同席した時に、「Mxはどう発音するんですか」と質したところ、そんなことも知らないのかという、冷い眼差しをして、「ミックス」と教えてくれた。

 1960年代から「チェアマン」(議長)「マンカインド」(人類)は女性差別だから、「チェアパーソン」「ヒューマンカインド」と言い替える“言葉狩り”が始まったが、民主党のオバマ政権のもとで、いっそう酷くなった。

 トイレの男女別をなくした

 オバマ大統領は政権最後の年に、「自分が信じる性別に従って」、男女のトイレのいずれを使ってもよいという、大統領令を発した。大統領令は法律だが、さすがにいくつかの州が憲法違反として、連邦最高裁に提訴した。

 私が昨年ワシントンを訪れた時に、レストランのなかに、トイレの男女別の表示を撤去した店があった。もっとも、今年六月に戻ったところ、トランプ政権のもとで男女の別が再び取りつけられていた。

 進歩(リベラル)勢力は、自分たちが「正常(セイン)」で、「ミドル・アメリカ」の州民をはじめとする旧守勢力が「未開(バックワード)」だとか、「知的発達障害(リターテッド)」を患っているとみて、蔑(さげす)んでいる。

 LBGTQの権利を主張する運動は、かなり前から始まっていた。アメリカのネットで「セックス・アンド・ジェンダー」を取り出すと、性別がLBGTだけではなく、さらに63に細分化されることが分かる。「ジェンダー」は日本語にないが、「文化・社会的な役割としての性」を意味している。長いリストを読んでゆくと、肉体的特徴から性の嗜好まで分かれ、それぞれ尊重しなければならない。

 SNSも自己主張に充ちているために、人々の細分化をいっそう促している。

 8月に首都ワシントンの隣のバージニア州シャーロットビルで、州当局の決定に従って、南北戦争の南部の英雄ロバート・リー将軍の銅像を撤去しようとしたところ、撤去に反対する旧守派市民と、急進派(リベラル)市民が衝突する騒ぎになった。反対派に白人至上主義のKKK(クークラクスクラン)や、ナチスの鉤十字旗(スワスチカ)を掲げた者がいた。

 「アンティファ」と称する過激派

 トランプ大統領が双方の暴力行為を非難したところ、アメリカの大手新聞・テレビが「白人至上主義者」を擁護したといって、こき下ろしたが、公正を欠いていた。

 急進派(リベラル)のなかに「アンティファ」(アンチ・ファシストの略)と称する、黒い覆面に黒装束の過激派がいて、投石や暴行を働いた。アンティファは大統領選挙中も、トランプ大統領就任式に当たっても、映像に登場していた。

 南部諸州では、南部連合旗の掲揚を禁じ、銅像の撤去、公共の場所、施設名を変えることが進んでいるが、南部だけに限られない。

 ニューヨーク・マンハッタンのセントラル公園(パーク)に建つ、クリストファ・コロンブス像の撤去を求める運動や、全米で10月第2週の月曜日が「コロンブス・デイ」として祝日とされてきたが、「コロンブスがアメリカを発見した」というのは、白人至上主義だとして廃止するところが、相次いでいる。

 名門プリンストン大学では、第1次大戦時のウィルソン大統領が白人至上主義者だったといって、ウィルソン研究所(センター)を改名しようという運動が進んでいる。このような例は、枚挙に遑(いとま)がない。

 ワシントン大統領も、『独立宣言』を起草した、3代目大統領のジェファーソンも、アメリカの「建国の父(ファウンディング・ファーザーズ)」のほぼ全員が奴隷所有主だったことから、首都の名からすべて改めなければならなくなってしまう。このまま「歴史浄化(ピューリフィケーション・オブ・ヒストリー)」が進めば、アメリカが解体してしまおう。

 もっとも、アメリカのどの世論調査をとっても、歴史上の人物の銅像を撤去したり、街路、公園、施設、市町村などの名を変えるのに対する反対が、半数を超えている。アメリカの建国そのものを、否定するものだ。

 私は1950年代にアメリカで学んだが、アメリカ人はジョークを好む“笑いの民”だったのに、このところ「アイデンティティー・ポリティクス」が暴威を振っているために、何であれ、笑いの対象にできなくなったために、笑いが失われるようになっている。

 自由競争が建国の精神だ

 このわきで、民主党は新しいリーダーも、理念も打ち出せず、2020年の大統領選挙をどのように戦えるのか、見当がつかない。

 民主党ではクリントン候補を脅した、サンダース上院議員によって代表される、貧富の格差をなくそうと訴える社会主義が、力を持つようになっている。経済的平等を求めることは羨望から発しており、建国の精神である自由競争に基く市場経済を、否定するものだ。

 トランプ大統領は連邦議会と衝突しているが、旧守派の国民は議会を共和党の幹部議員を含めて、リベラルだとみて喝采している。

 たしかに、トランプ大統領は口が軽く、衝動的であるために、自分自身が最大の敵となっている。それでも、アメリカの伝統社会の守護神となっている。

 本年6月、62%が中流階級以上だと回答

 アメリカでは、トランプ政権発足後、自分を中流階級としてみる者が急増している。

 レーマン・ショック前の2006年のギァロップ調査では、国民の60%が中流かそれ以上と答え、38%が労働者階級とみていたのに対して、2015年には51%が中流以上、48%が労働者階級と答えていた。

 今年6月には、62%が中流以上だと答えている。トランプ政権のもとで経済の行方を楽観する者が増えている。

 リベラル派市民のなかに経済が上向いていると感じている者が多いものの、「未開明な」トランプを評価することが、絶対的なタブーとなっているために、トランプに対する支持に結びつかない。

 民主党と急進派(リベラル)は、自ら墓穴を掘っている。


  非核三原則を取り上げた石破発言を歓迎したい
    Date : 2017/10/24 (Tue)
日本も舐められたものだ。

 日本は頭上を飛び越える北朝鮮のミサイルの試射場となって、次にいつミサイルを試射されるのか脅えて、そのつど北朝鮮の「暴挙に厳重に抗議する」と悲鳴をあげ、アメリカの保護にいっそう縋るほかに、術(すべ)がない。

 いったい、私たちは戦後72年になるのに、何をしてきたのだろうか?

 なぜ、北朝鮮のような弱小国によって、ここまで侮られなければならないのだろうか?

 北朝鮮はいくら日本が悲憤慷慨しようとも、アメリカさえ怒らせなければ、構わないことを知っているから、今後も日本の頭上を無遠慮に越えて、ミサイルを撃つ暴挙を続けよう。

 北朝鮮は日本が「平和憲法」によって、自ら腕を縛っているから、万一、ミサイルが日本に落下しても、日本が悲鳴をあげる他に、何一つできないことを、よく知っている。

 2020年の東京オリンピック大会で、野球が種目となった。

 もちろん、日本チームも出場するが、胸に日の丸を縫い取った日本チームは、憲法解釈による「専守防衛」という束縛によって、攻撃することを許されず、守備だけに専念しなければならない。

 日本チームの打者はバットを持たずに、ピッチャーと向かい合う。

 バッターボックスに立っても、バットを振ることは攻撃になるから、禁じられている。これでは、はじめからゲームを放棄するようなものだ。

 自衛隊の「専守防衛」も、同じことだ。野球界だけではなく、世界に通用しない。

 65年前に独立を回復してから、よくもこのような憲法と憲法解釈を有難く護ってきたものだと、慨嘆しなければならない。

 日本は独立を回復してから、国際政治は一寸先が闇だというのに、この憲法のもとで世界の現実から目を覆って、「見ざる・聞かざる・言わざる」の三猿主義をとってきた。

 北朝鮮は水爆実験を強行すると、「核攻撃によって、日本列島を沈めることができる」と、声明した。

 もし、日本がイギリスか、フランスのように、しっかりとした独自の防衛力を持っていたとしたら、北朝鮮が日本の頭上を越えて、ミサイルを試射することは、なかっただろう。中国や、ロシアの頭上を越して、ミサイルを撃つわけにはゆかないから、ミサイルを試射することができないはずだ。

 だが、朝日新聞をはじめとする日本の新聞、テレビも、平和勢力も、三猿をきめこんで、アメリカ基地の兵士か、軍属が日本の女性を殺害した時のように、怒りを爆発させることがない。

 日本国憲法は「平和憲法」というよりも、「三猿憲法」と呼ぶべきだ。

 自民党の石破茂元防衛相が、佐藤内閣が定めた「非核三原則を見直すべきだ」と、発言した。

 「非核三原則」は国外からの核攻撃を念頭において、定めたものではなかった。佐藤内閣が国会対策として、決定したものだ。

 日本では北朝鮮の核兵器は論じても、中国の核ミサイルについては、固く目を瞑っている。日本にとって中国のほうが北朝鮮よりも、深刻な脅威ではなかろうか。

 石破発言によって、「非核三原則」が綻びはじめるのだろうか。ぜひ、そうであってほしい。


  国民を危機に晒す「平和憲法」の軛
    Date : 2017/10/06 (Fri)
 8月29日早朝に、北朝鮮がミサイルを試射して、北海道を飛び越えて、襟裳岬の東の太平洋上に着弾した。いまや日本を周む海が、北朝鮮のミサイル試射場となっている。

 北海道、東北、北関東まで、12道県の市町村で、Jアラートが発せられた。屋外スピーカーや防災無線を通じて、住民に万一の場合に「頑丈な建物か、地下へ避難するよう」に、呼びかけた。

 私は北朝鮮がミサイルを発射したことを、テレビによって知った。チャンネルをまわすと、どの局も北朝鮮のミサイル一色だった。

 どの局も、北朝鮮を「北朝鮮」と呼んでいた。

 私はつい30年前まで、NHKをはじめどのテレビ局も、北朝鮮をかならず「朝鮮民主主義人民共和国」――「チョーセン・ミンシュシュギ・ジンミン・キョーワコク」と、呼んでいたことを、思い出した。

 そう呼ばなければならないのが、日本の「良識」となっていた。

 当時、私は北朝鮮をそう呼ばねばならないのは、「寿限無寿限無五劫(ジュゲムジュゲムゴコウ)のすり切れ、パイポパイポパイポのシューリンガン」のようで、バカバカしいと、批判した。正式国名で呼ばなければ良識に反するのなら、どうしてドイツを「ドイッチェラント」、ギリシアを「ヘラス」と呼ばないのかと、からかった。

 ドイツも、ギリシアも、イギリスという呼び名も、他にない日本語だ。

 私は昭和47年に日中国交正常化が行われた時に、日本中が「日中友好」の大合唱に酔い痴れていたが、中国は秦の始皇帝のころから、中華思想に取り憑かれた危険な文明だから、「子子孫孫までの友好」といったタワゴトに、惑わされてはならないと、警鐘を鳴らした。だが、「日中友好」が、その時の良識となっていた。

 政府公報をみると、北朝鮮のミサイルに対して、「頑丈な建物」か「地下」に入るか、屋外にいる時には立っていないで、伏せるように勧めているが、前大戦中の防空演習のほうが、「防空ずきん」を必携させたから、もっと真剣なものだった。

 北朝鮮がミサイルを発射するたびに、政府は「万全の態勢」をとるというが、北朝鮮のミサイルを迎撃して守ってくれるPAC3は、北海道から沖縄まで、全国に17ユニット(基)しかない。

 東京をとれば、防衛省の構内に1基配備されているが、守れるのはごく周辺だけで、とうてい東京都全域を守ることができない。

 8月9日に、北朝鮮が日本の中国地方、四国の上空を飛び越して、グアム島の周辺に撃ち込むと予告した時には、PAC3 3ユニットを急いで通過する県に移動した。

 全国へ17ユニットしか配備していないから、とうてい全国民を守ることができない。政府は国民を安心させるために、「万全の態勢」をとっているというが、言葉だけでは頼りにならない。

 9月1日の民進党大会へ向けて、前原誠司氏と枝野幸男氏が公開討論を行ったのを、NHKで見ていたら、前原氏が「安保関連法案を見直して、憲法の専守防衛の精神に戻るべきだ」と、訴えていた。

 これまで、日本は「専守防衛」の掟によって縛られて、防衛費を低く抑えてきたために、北朝鮮をはじめとする敵性国家からミサイル攻撃が加えられた場合に、「万全の態勢」をとりたくても、とれない窮状にある。

 日本の平和を守ることができない、日本が置かれた現状にまったくそぐわない憲法を、今日でも多くの国民にとって「平和憲法」と呼ぶことが、良識となっている。

 自衛隊を「軍隊」にすべきだとか、「防衛費をGNP2%に増すべきだ」というと、良識に反するから、口を噤(つぐ)まなければならない。だが、今日の良識を疑ったほうが、よいのではないか。


  「国民主権」ではわが国のすがたを破壊する
    Date : 2017/10/03 (Tue)
 今年、国会において成立した『皇室典範特例法』に從って、天皇陛下が譲位され、お世継ぎの皇嗣であられる皇太子殿下が、即位大}が行われることによって、126代目の天皇として、御位につかれる。

 いったい、その時にだれが内閣総理大臣として、即位大}に参列するのだろうか?

 今上陛下が即位されたのは、平成2年11月12日のことだった。

 私はその時に、「即位}正殿の儀」をテレビで拝して、時の海部俊樹首相の非礼に慄然とした。私は自分の目を信じられなかった。

 この7月に朝日新聞が「平成と天皇 首相経験者に聞く」を、4日にわたって連載した。

 そのなかで、当時の海部首相が次のように得意げに語っている。

 「宮内庁からは、皇族と同じ『衣冠束帯』を着るように求められたが、僕は『この時代にそれはないでしよう』と反対し、燕尾服で参加した。天皇、皇后両陛下より一段低い中庭(ちゅうてい)の五砂利のうえで待ち、呼ばれてから殿上に上ってくるように言われたが、僕はこれも断り、最初から殿上にいることにこだわった。(略)」

 「いまの陛下の即位の礼は、戦後の憲法の下で初めて国事行為として行われるものだった。(略)日本が戦前と違う国民主権の民主主義国家であることを示そうと、僕なりに精いっぱいの努力をした。」

 首相と天皇が対等であることを示そうとしたのだが、あってはならないことだった。

 行政府の長として、天皇陛下と同格、あるいは現憲法が国民が日本の主人である「国民主権」を定めているから、天皇以上の存在だというつもりだったのだろうか。日本の国の姿を破壊する、不遜な発言だ。

 いま、憲法改正へ向けて議論が盛んになっている。

 日本が危ない。新しい憲法の天皇の条項では、天皇が日本の長い歴史を通じて、日本でもっとも尊い人であり、国民のためにつねに祈られていることを、規定してほしい。

 天皇陛下は国民を慈しまれ、徳を一身に体現されてこられた。

 天皇陛下は日本の親に当たる。皇后陛下が国母陛下と呼ばれるのは、そのためである。

 新しい憲法の前文は、明治天皇が定められた『教育勅語』の大要を、分かりやすい現代文に改めて、盛り込んでほしい。そして、祖先を供養し、家族を愛することが、社会の基本であることを説きたい。

 今日の日本では、多くの人々が心を軽んじて、自分本位になるなかで、人々のあいだの絆だけではなく、家族が崩壊しつつある。家族の崩壊は、やがて国の崩壊をもたらす。

 祖先を崇めて深く感謝することは、家族の結束を強め、親が子を子が親を大切にすることにつながる。

 いま、子に親を「パパ」「ママ」と呼ばせる家族が多い。「パパ」は、英語ではない。

 「パパ」は、イギリスのインド統治から、ヒンズー語が英語に入ったものであり、「ママ」は「マザー」(英語)、
「ムター」(ドイツ語)などヨーロッパ諸語に由来するが、中国語でもある。

 父を敬い、母に感謝するのなら、どう呼ぼうとよいが、日本語のもととなっている古代の大和ことばでは、父は「トト」(尊い)、母は「カカ」(太陽がカッカと照る)と呼ばれたことを、知ってほしい。


  大東亜戦争は昭和20年8月15日に終わらなかった
    Date : 2017/09/29 (Fri)
 今年の8月17日は晴れたので、主催者の1人としてほっとした。

 私たちは午後2時前に、市ヶ谷台にひろがる防衛省の構内の一画に建立された、スディルマン将軍の像の前に集合した。

 インドネシアのアリフィン・タスリフ駐日大使一行も、到着された。

 この日は、インドネシア共和国の独立を記念する72周年のよき日だった。

 定刻に、インドネシア独立戦争の英雄であるスディルマン将軍の銅像への第2回目の献花式が始まった。

 会衆は50数人だった。はじめに藤井厳喜代表が像の前に進んで献詞を述べ、つぎにタスリフ大使が挨拶文を読まれた。

 インドネシア タスリフ駐日大使の挨拶

 大使は、先の大戦中に日本軍政下で、インドネシア独立へ向けてインドネシア壮丁を募って、郷土防衛隊(ペタ)が結成され、1944年にスディルマン将軍が総隊長となったが、日本が大戦に敗れた2日後に、インドネシアが独立を宣言すると、オランダ軍がインドネシアを再び植民地にしようと、イギリス軍とともに侵攻してきた時に、スディルマン将軍が総司令官としてペタを中心とした独立軍を率いて戦い、オランダもついに1949年にインドネシアが独立国であることを承認することを強いられたと、日本への感謝を滲ませながら、述べられた。

 偉大な国民はその国の英雄を称えます

 大使が冒頭で、「偉大な国民は、その国の英雄を称えます」と前置きをされたので、私たちは全員が愕然として、深く恥じた。私たちは今日の日本で、日本の英雄を賞讃することがあるだろうか。日本は二流の国民に落魄(おちぶ)れてしまったのだ。

 そのうえで、藤井代表とタスリフ大使が並んで用意された、上が赤、下が白の花輪を持って、将軍像に捧げた。

 献花がすむと、山本ともひろ防衛副大臣、 内閣総理大臣補佐官の柴山昌彦参議院議員、山田宏参議院議員が挨拶された。

 小野寺五典防衛大臣が参列される予定だったが、ワシントンで2+2が催されたのに出席されたために、山本副大臣が出席された。

 私は献花式の呼び掛け人として挨拶したが、インドネシアの首都ジャカルタの軍事博物館に、日本の2枚翼の九五式初級練習機が展示されていることに、触れた。

 胴体の日の丸の下の部分が、新生インドネシアが国旗として定めたメラプティ(紅白旗)として、白く塗り替えられているが、大戦中に日本の航空兵の訓練が、石油資源が豊かなインドネシアで行われた時に、インドネシアの青年にも飛行訓練を施したことから、オランダ軍の上空から、手掴みで爆弾を投下した。

 私は「メラプティ旗を仰ぐたびに、日の丸が二重映しになります」と、述べた。

 旧陸軍の九五式練習機は、“赤トンボ”の愛称によって国民に親しまれたが、ジャカルタに展示されている“赤トンボ”が、今日、唯一つ現存する機体である。

 昭和20年8月 2000人の日本人の志

 日本が昭和20年8月に大戦に敗れると、2000人の日本軍将兵が帰国することを拒んで、日本国民が幕末からいだいてきた、アジア解放の一途の願いを果そうとして、インドネシアに残留して、独立軍に身を投じて戦った。このなかで1000人が、アジア解放のために戦死され、インドネシア国立英雄墓地に葬られている。

 大東亜戦争は昭和20年8月15日に、終わらなかった。インドネシア国民が戦い続けたのだった。

 献花したばかりの赤と白の花が輝いて、両民族の生命(いのち)をあらわすように、目に沁みた。

 市ヶ谷台はアメリカの占領下で、不法な東京裁判が行われて、東條首相以下7人が「アジアを侵略した罪」によって裁かれた場所である。あの無法な裁判が進められていたあいだに、裁判を行ったアメリカ、イギリス、フランス、オランダ諸国が、何をしていたのか。

 オランダはイギリス軍の援けをかりてインドネシアを、フランスもベトナムを再侵略して独立軍と戦い、イギリスはインパール作戦によって覚醒したインド国民が、独立を求めて全土にわたって蜂起したのを、空から機銃掃射を加えるなど、鎮圧をはかっていた。アメリカは白人による支配を復活させようとして、これらの諸国に武器弾薬を供給していた。

 スディルマン将軍は病いをおして戦ったが、独立軍が最後の勝利を収めるのを眼にすることがなく、その直前に病没した。今日、インドネシア最大の英雄の1人として、全国各地に銅像が建立され、肖像が紙幣にもあしらわれている。

 その独立の英雄の銅像が、市ヶ谷台を睥睨(へいげい)していることは、東京裁判が“偽りの復讐劇”であったことを、雄弁に証している。

 私の父俊一(としかず)は、開戦から終戦に至るまで、外務省北米課長をつとめた。終戦の9月2日にミズリー号艦上で催された降伏調印式に、重光葵全権の随員として、出席した。

 母の心は日本と共にあり

 私は母に連れられて、長野県に疎開していたが、四谷にあった自宅が戦火によって焼かれたために、父は母のか津とともに、信濃町の借家に移っていた。

 か津が調印式に出席する前の晩に、父にあらたまった口調で、「ここにお座りなさい」と命じた。父が正座すると、「私はあなたを恥しい降伏の使節として、育てた覚えはありません。明日(あした)は行かないで下さい」と、いった。父が「この手続きを踏まないと、日本が立ち行きません」と、理を尽して説明したが、か津は納得しなかった。

 か津は隣室へゆくと、父のために翌朝の新しい下着を揃えはじめた。父は母が泣き伏す大きな声が伝わってきたと、後にこの晩のことを記している。

 私は10月に、母とともに東京に戻った。上野駅で降りると、目の届くかぎり焼け野原だった。父が夜遅く戻ってくるまで、起きていた。私は「こんなに東京がひどく壊されてしまったけど、日本は大丈夫?」と、たずねた。

 父は「アメリカは日本全部を壊すことができる。しかし、日本人の魂を壊すことはできない」といった。

 日本人の魂を壊すことはできない

 中学に進んだ時に、私は父に「どのような想いで、ミズリーの甲板を踏んだのか」と、たずねた。すると、父は「日本は戦闘に敗れたけれど、数百年も白人の支配のもとに苦しんでいたアジア民族を解放したから、戦争には勝ったという誇りを胸に秘めて、甲板に立った」「重光も同じ想いだった」といった。

 スディルマン将軍の銅像は、鳩山由紀夫内閣の時に、インドネシア国防省から防衛省に寄贈された。

 防衛省が退役したヘリコプターを1機置いている構内の片隅に、設置した。私は当然、防衛省が年に1度、インドネシア独立記念日か、スディルマン将軍の命日に省内で献花を行っていると思ったが、ただ放置されていた。

 そこで、私は一昨年有志男女を集めて、インドネシア独立記念日に献花することを思い立った。親しい国際政治学者の藤井氏に代表を引き受けてもらい、40人ほどの有志を募って、献花したところ、インドネシアのユスロン・イザ・マヘンドラ駐日大使(当時)が聞いて、制服武官をはじめ館員を連れて、参加してくれた。

 その日は弱い雨が、私たちを濡らした。マヘンドラ駐日大使が喜んで、新しい大使に交替しても、代々申し継いで参列することにしたいといわれた。

 献花が公式行事に

 昨年7月に、私たち有志が赤坂のレストランを借り切って、翌月の献花式の打ち合わせを行ったところ、マヘンドラ大使一行も参加された。ところが、防衛省に申し入れると、像があった場所に、PAC3を常時配備するために、像を梱包して倉庫に納めているということから、延期することを強いられた。

 今年、像がよりよい場所に移設され、献花式が防衛省の公式行事として、格上げされた。


  粋な女将、10月の青空と松茸
    Date : 2017/09/28 (Thu)
 夏になると、妻が愛情を灌いでいる、わが家の小さな菜園で、沖縄から種を送ってもらったゴーヤーや、ミニトマト、茄子、胡瓜(きゅうり)、レタス、枝豆、ミントなどハーブが、食卓に供される。とれたてだから、新鮮で、瑞々しい。

 ゴーヤーは大昔、沖縄に中国から伝わった苦瓜だが、蔓草に可憐な黄色い小花が咲く。茄子と胡瓜は、天竺と呼ばれたころのインドから渡ってきた。

 トマトはアメリカ大陸から、レタスは地中海沿岸、ミントは日本だけではなく、北半球からアフリカ南部にわたって、自生していた。 

 古代からグローバリゼーションが、進んでいたのだ。

 私は都心の四谷見附の近くで育ったが、子供のころ夏の盛りが、大好きだった。

 父は中央官庁の課長だったが、借家の前の路地地には、朝から打ち水がされた。夕なずむと木製の縁台に、近所の男(おとな)たちがステテコや浴衣(ゆかた)姿で集まって、団扇(うちわ)で涼をとりながら、話に花を咲かせていた。浴衣の前を堂々とひろげた男(おとな)もいて、細い紐に吊った褌(ふんどし)が見えた。

 表通りでも、ステテコ姿で首に濡れ手拭を巻き、セルロイド製の石鹸箱を手にした銭湯帰りの男性に、よく出会った。夏の季節は男だけに、裸をみせる特権を与えると思って、子供心に得意になった。

 今日の東京の都心は、打算ばかりの世知辛いビルや、マンションが並んで、屋外で涼を求めることも、竹帚や、打ち水、団扇(うちわ)や、人々が情(なさ)けを交わしあった路地裏も、消えてしまった。

 夏が巡ってきても、よくぞ男に生まれたと、胸を張ることもできなくなった。全国で祭が観光資源になり、女たちがはしたなく御輿を担ぎ、和太鼓を打つようになった。

 ついこのあいだまで、この2つのことは男の力と意気を示すために、男だけに許されていたものだった。

 女が男性化したために、男に男らしさを示すことが求められなくなり、男が存在する必要がなくなった。

 私はこの40年近く、育った四谷の近くの麹町に、小さな庵(いおり)を編んで住んでいるが、家の前の路地に夏になって、近所衆が集まる縁台が置かれることもなく、無惨にアスファルトで舗装されているので、朝出かけるたびに清々(すがすが)しさを覚えた、箒目をつけることもできない。

 ほどなく秋が立つ。妻の労苦を労うために、前号の本誌で紹介した小料理の照よしに寄って、松茸を味わわせたい。

 松茸を口へ運ぶ時には、10月の青空と松の濃いみどりと山の静けさを、楽しむ。

 松茸の旬はあっという間に過ぎる。もし1年中絶えずあったら、結婚生活のように飽きてしまおう。恋のように有限なものだから、貴重なのだ。

 照よしを訪れるもう一つの楽しみは、かつて赤坂の花柳界の艶として鳴らした、粋な女将にあえることだ。

 このあいだは、中島兄哥と垢抜けした姐さん――清楚な奥方を誘って、会飲した。

 日本女性の美しさは、一口でいえば粋(いき)にある。化粧は暗示にとどめたい。

 もちろん、粋は異性なしには成り立たないから、巧みに媚態を秘めて、暗示している。所作は控えめでありながら、凛としているから、男心をひきつける。

 それにしても、国会の女性議員たちは厚化粧をして、パーティに出掛けるか、クラブの年増ホステス気取りか、国会の場にそぐわない場違いなドレスに、身を包んでいる。不粋で、醜悪だ。ブスは漢字で「不粋(ぶす)」と、書いた。

 派手は古文で、「葉出」と書かれた。はみだした余計な葉を、刈り取るのを意味している。

 鄙(ひな)びた田舎女が都(みやこ)の雅を知らずに、けばけばしい身装りをしているのを、嘲(わら)ったものだった。

 品性を欠いているから、江戸時代が終わるまでは、「破手」とも書いた。男についても、女についても禁じ手だった。

 渋谷の真ん中で、スクランブル交差点を交通遮断して、何万人も集まって盆踊りが行われた。盆を迎える風物詩だ。銀座でも、新宿でも、池袋でも、櫓を組んで盛夏の恒例行事としてほしい。

 浴衣(ゆかた)を着た若々しい娘たちが、踊る輪のなかの華(はな)だった。娘たちの素足(すあし)が美しかった。江戸の芸者は素足を習いとしたというが、東女(あずまおんな)らしかった。

 といっても、若い娘の浴衣姿といえば湯上りで、あっさりとした浴衣を無造作に着ているところが、もっとも魅力的だ。

 そういえば、なぜか、西洋絵画には江戸の浮世絵師が好んだ湯上りの女を、描いたものがない。日本では湯浴(ゆあ)みして心と体を洗うが、西洋には風呂の文化がないのだ。

 それでも粋(いき)というと、30代をこした女性のものだろう。

 きっと苦労もしたにちがいないが、凛として表にだすことなく、ひとつも感じさせない。色を暗示しているのが、憎い。ところが、若い娘となると、どうしても色気が過剰になるから、粋といえない。

 男は年齢に関係がない。若い時は鉢巻きと褌を粋にきりりと締めて、御輿の端棒(はなぼう)を担ぐ。意気とも、いさみはだとも、いなせ――鯔背ともいった。粋な男は老いても、女を遊ばせる。

 そういっても、私は無才、無芸、不粋だから、世の中に手足を出さず、物事に頭を隠す亀は万年を旨として、地道勤倹にひたすら励んで、妻と慰めあいながら生きてきた。
 
 わが家の菜園の旬菜と松茸だけが、私の贅沢だ。
(中島繁治氏は日大OB誌『熟年ニュース』主催者)


  まるでスーパーの野菜のよう? 没個性に陥った日本人
    Date : 2017/09/21 (Thu)
 この夏は長雨が続いたので、野菜が不作で値上がりしている。

 それにしても、スーパーや、百貨店の地下食品売り場を覗くと、トマトも、茄子も、胡瓜も、ホウレンソウも、みな形が揃っていて、見た目がよい。

 だが、私の学生時代には、野菜の形が揃っていなかったが、このごろの野菜よりも、どれも瑞々(みずみず)しくて、味がよかった。ホウレンソウは茎が赤くて、緑が濃かった。

 いまでは、市販されている野菜は、見た目だけよいが、本来備わっている個性的な味がない。

 人についても、同じことがいえるのではないか。

 民進党の党大会の直前に、NHKで前原誠司氏と枝野幸男氏の討論を見ていたら、前原氏が「安保関連法を見直して、憲法の専守防衛の精神に戻るべきだ」と、主張していた。

 その翌日、民放テレビが防衛省の概算予算要求を取り上げていたのはよかったが、防衛省が島嶼防衛のために、対艦ミサイルの開発に取り組むのを、識者が「射程が長いので、外国を攻撃することができるから、憲法に抵触する」と、批判していた。

 北朝鮮がつぎつぎとミサイルを発射して、日本と周りの海が北朝鮮のミサイル試射場となっている時に、「専守防衛」とか、「憲法に抵触する」と、宣(のたも)うておられるのだ。

 北朝鮮の暴挙”は、日本国憲法に抵触するものだが、残念なことに日本国憲法は、北朝鮮を拘束する力がない。

 もちろん、前原氏も、テレビ局に招かれる識者も、この半世紀以上にわたって日本を支配してきた、「良識」を代表している。前原氏も識者も日本国憲法の限界に、気が付かないのだろうか?

 「専守防衛」とか、「平和憲法に抵触する」と叫ぶのは、アメリカが親替りとなって、日本という少年を守り続けてくれると、信じているからなのだろう。

 アメリカ軍の占領下で、マッカーサー元帥が「日本人は12歳だ」と発言した時に、日本の大新聞がこぞって大きく取りあげて報道したが、アメリカの占領が終わってから60年以上もたっているのに、いまでも大多数の日本国民がアメリカに甘えて、まだ12歳で留まりたいと、願っているにちがいない。

 もっとも、日本に非武装憲法”を押し付けたマッカーサーのほうが、11歳だったと考えるべきである。

 今日でも私たち日本人は、「よい言葉を発すると、自分を包む環境がそうなる」と信じる、言霊信仰によって呪縛されている。

 「平和」と揮号された書を飾っていれば、平和になるとか、千羽鶴を折れば、核攻撃から身を守れるといった思い込みである。

 「平和憲法」とか、「専守防衛」といった言葉によって、騙されてはならない。

 8月に入ってから、岐阜県の介護老人ホームで、3人の入所者の老人が死亡し、2人が重傷を負う事件が発生した。老人ホームの名前は、「やすらぎ」だった。また、関東の大型総菜屋で売られたポテトサラダによって、O157感染者があいついだ。店の名は「デリシャス」(美味しい)だった。

 今日、国民を呪縛している「良識」は、非常識なものだ。国民全員が見た目だけがよい、形も、味も没個性な野菜のようになってしまっている。個性ある見識を大切にしたい。


  日本の誇りとすべき帝国軍人たちの「偉業」
    Date : 2017/09/06 (Wed)
 このところ、国連の人権機関が、日本を誹謗する「特別報告書」を、つぎつぎと発表している。

 今年に入ってから拷問禁止委員会が、一昨年の慰安婦に関する日韓合意を見直して、元慰安婦にさらに補償するように勧告した。

 その後、人権理事会が任命した「特別報告者」のJ・ケナタチ・マルタ大学教授による、国会で審議中だった「テロ等準備罪法案」が「プライバシーと表現の自由を制約する」という報告書と、D・ケイ・カリフォルニア大学教授による「日本で報道の自由が危機に瀕している」という報告書が、発表された。

 どれも内容は杜撰(ずさん)きわまるものだが、日本のテロ等準備罪法は、国際組織犯罪防止条約に加盟している、百八17の国々の国内法に較べたら、ごく緩やかなものだ。

 日本ほど、報道が野放しにされている国は、少ない。なぜ矛先を同じ国連加盟国である、中国、北朝鮮、ロシアなど、表現の自由が存在しない国々へ向けないのか。
1996(平成8)年に国連人権委員会によって「特別報告者」として任命された、スリランカのクマラスワミ女性弁護士が、『女性に対する暴力』と題する特別報告書を発表して、旧軍の慰安婦が「明確な奴隷制度」で、「組織的強姦」が行われたと、断定した。事実は、慰安婦は将兵を顧客にした民間売春施設で働く売春婦だった。

 日本は先の大戦の戦勝国が、日本が残忍で、非人道的な国だというイメージをひろめたのに加えて、韓国、中国が日本を貶(おとし)める宣伝を精力的に進めてきたために、世界の多くの人々が「南京大虐殺」や、慰安婦が「性奴隷」だったと、信じるようになっている。

 2月に、日本にも多くの読者を持つ、ユダヤ教僧侶のラビ・マービン・トケイヤー師が、ニューヨークで日本政府から多年にわたって、日本の正しい姿を世界に紹介した功績によって、旭日双光章を受勲した。

 トケイヤー師が月刊『WiLL』8月号に、先の大戦前に、アメリカ、イギリスをはじめとする諸国がナチス・ドイツの迫害から必死に逃れようとするユダヤ人の受け入れを、反ユダヤ主義から拒んだために、多くのユダヤ人がガス室へ送られたが、日本だけがユダヤ人を救った人道的国家だったと寄稿している。

 トケイヤー師は、今年80歳になった。とくに1938(昭和13)年に、関東軍参謀長だった東條英機中将とハルビン特務機関長だった樋口季一郎少将が、シベリア鉄道で満ソ国境まで到着した2万人のユダヤ人難民を、ソ連がドイツへ送り帰すところを救ったことを、「偉業」「快挙」として賞讃している。

 これは、杉原千畝(ちうね)リトアニア領事代理が、数千人のユダヤ人難民を「生命(いのち)のビザ」を発給して救った、2年前のことだ。

 トケイヤー師は戦後の日本人は、日本がすべて悪かったと思い込まされて、東條、樋口両将軍が軍人だったために、大量のユダヤ人を救った業績が無視されて、杉原ばかりに脚光が当たっているといって、嘆いている。

 そして、日本では杉原領事代理が本国政府の訓令に違反して、ビザを乱発した罪によって、外務省を追われたということが定説になっているが、それは嘘で、リトアニア勤務後に昇進したうえ、昭和天皇から勲章も授けられていると、指摘している。

 トケイヤー師はアンネ・フランクの父親が、アメリカ大使館、領事館に日参して、一家のビザの発給を哀願したのにもかかわらず、断られたが、もし、ビザがおりていたら、今日、アンネは88歳で、アメリカで暮らしていたはずだと、書いている。

 トケイヤー師は「いま大きな夢を描いている」といって、両将軍がユダヤ人難民を救った実話を中心にした、ユダヤ民族と日本の絆についてドキュメンタリーを製作して、アメリカのテレビに提供することを思い立って、日米で募金を始めたいと、述べている。


  日本は世界の現実から遊離している
    Date : 2017/09/05 (Tue)
 憲法はいうまでもなく、世界の現実にそぐったものでなければならない。

 稲田朋美防衛大臣が安倍内閣の支持率が急落するなかで、内戦によって混乱する南スーダンへ国連平和維持活動(PKO)に派遣されていた、陸上自衛隊部隊の日報をめぐる問題の責任をとって、内閣改造を待たずに辞任に追い込まれた。

 部隊は比較的に安全な地域で、道路建設など民生支援の活動を行っていた。

 ところが、部隊の付近で武力衝突が発生したのを、東京へ送った日報のなかで「撃(う)ち合(あ)い」といえばよかったのに、「戦闘」と書いた。防衛省が日報に使われていた「戦闘」という言葉が、使ってはならない言葉だったので、非公開としたために、野党やマスコミが「隠蔽」したといって大騒ぎした。

 私は頭が悪いので、「撃ち合い」と「戦闘」のどこが違うのか、分からない。

 稲田氏が防衛大臣になった直後に、うっかり「防衛費」を「軍事費」といったところ、国会で叩かれたことがあった。

 一般の国民が「防衛費」のことを、「軍事費」といったら、誰一人咎(とが)めないはずだ。

 安倍改造内閣が発足したが、もし新閣僚の一人が自衛隊をうっかり「軍」と呼んだら、きっと野党によって厳しく追求されるだろう。

 私は自衛隊は軍隊だと思う。日本の外のすべての人々が、自衛隊を軍隊だと思っている。ところが、日本では自衛隊は軍隊ではないというのが、常識だ。

 私は世界の人々のほうが、正しいと思う。こんなことをいうと、私は気が触れているのだろうか?

 「あれは撃ち合いであって、戦闘ではありません」「防衛費と軍事費は、違うものです」日本の国権の最高機関である国会や、良識の府といわれるマスコミで、このような会話が当然のように行われているが、日本は世界の現実から大きく遊離しているのだ。

 医学では、このような症状を夢遊病(ソムナムブリズム)と呼ぶが、夢遊病者は記憶や判断力を失って、夢遊状態で歩きまわるから、危険きわまりない。

 日本国憲法が、この原因をつくっている。

 日本国憲法の前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全を保持しようと決意した」と、述べている。

 世界のあらゆる国が平和を愛しているから、日本は自分を守るために、いっさい武力を持つことなく、泰平の夢を楽しんで生きると、誓っているのだ。

 この誓いのもとで、憲法第9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と、定めている。

 日本国憲法は、日本を夢遊病者にしている。

 東京からだと1000キロ、九州からだと500キロしか離れていない北朝鮮が、核兵器の開発に狂奔し、日常のようにミサイルを試射して、秋田県の沖合に撃ち込んでいる。

 やはり隣国である中国は、隙さえあれば尖閣諸島を奪おうと、毎日、武装公船によって尖閣諸島を取り囲んでいる。

 ロシアは北方領土を軍事基地化して、ミサイル部隊を送り込んでいる。

 いまのところアメリカが日本を守ってくれているから、よいかもしれないが、いつまでアメリカが日本を守ってくれるのだろうか?

 言葉は現実と一致していなければならないのに、国家にとってもっとも重要な言葉である日本国憲法は、現実に大きく背いている。


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