加瀬英明のコラム
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  まるでスーパーの野菜のよう? 没個性に陥った日本人
    Date : 2017/09/21 (Thu)
 この夏は長雨が続いたので、野菜が不作で値上がりしている。

 それにしても、スーパーや、百貨店の地下食品売り場を覗くと、トマトも、茄子も、胡瓜も、ホウレンソウも、みな形が揃っていて、見た目がよい。

 だが、私の学生時代には、野菜の形が揃っていなかったが、このごろの野菜よりも、どれも瑞々(みずみず)しくて、味がよかった。ホウレンソウは茎が赤くて、緑が濃かった。

 いまでは、市販されている野菜は、見た目だけよいが、本来備わっている個性的な味がない。

 人についても、同じことがいえるのではないか。

 民進党の党大会の直前に、NHKで前原誠司氏と枝野幸男氏の討論を見ていたら、前原氏が「安保関連法を見直して、憲法の専守防衛の精神に戻るべきだ」と、主張していた。

 その翌日、民放テレビが防衛省の概算予算要求を取り上げていたのはよかったが、防衛省が島嶼防衛のために、対艦ミサイルの開発に取り組むのを、識者が「射程が長いので、外国を攻撃することができるから、憲法に抵触する」と、批判していた。

 北朝鮮がつぎつぎとミサイルを発射して、日本と周りの海が北朝鮮のミサイル試射場となっている時に、「専守防衛」とか、「憲法に抵触する」と、宣(のたも)うておられるのだ。

 北朝鮮の暴挙”は、日本国憲法に抵触するものだが、残念なことに日本国憲法は、北朝鮮を拘束する力がない。

 もちろん、前原氏も、テレビ局に招かれる識者も、この半世紀以上にわたって日本を支配してきた、「良識」を代表している。前原氏も識者も日本国憲法の限界に、気が付かないのだろうか?

 「専守防衛」とか、「平和憲法に抵触する」と叫ぶのは、アメリカが親替りとなって、日本という少年を守り続けてくれると、信じているからなのだろう。

 アメリカ軍の占領下で、マッカーサー元帥が「日本人は12歳だ」と発言した時に、日本の大新聞がこぞって大きく取りあげて報道したが、アメリカの占領が終わってから60年以上もたっているのに、いまでも大多数の日本国民がアメリカに甘えて、まだ12歳で留まりたいと、願っているにちがいない。

 もっとも、日本に非武装憲法”を押し付けたマッカーサーのほうが、11歳だったと考えるべきである。

 今日でも私たち日本人は、「よい言葉を発すると、自分を包む環境がそうなる」と信じる、言霊信仰によって呪縛されている。

 「平和」と揮号された書を飾っていれば、平和になるとか、千羽鶴を折れば、核攻撃から身を守れるといった思い込みである。

 「平和憲法」とか、「専守防衛」といった言葉によって、騙されてはならない。

 8月に入ってから、岐阜県の介護老人ホームで、3人の入所者の老人が死亡し、2人が重傷を負う事件が発生した。老人ホームの名前は、「やすらぎ」だった。また、関東の大型総菜屋で売られたポテトサラダによって、O157感染者があいついだ。店の名は「デリシャス」(美味しい)だった。

 今日、国民を呪縛している「良識」は、非常識なものだ。国民全員が見た目だけがよい、形も、味も没個性な野菜のようになってしまっている。個性ある見識を大切にしたい。


  日本の誇りとすべき帝国軍人たちの「偉業」
    Date : 2017/09/06 (Wed)
 このところ、国連の人権機関が、日本を誹謗する「特別報告書」を、つぎつぎと発表している。

 今年に入ってから拷問禁止委員会が、一昨年の慰安婦に関する日韓合意を見直して、元慰安婦にさらに補償するように勧告した。

 その後、人権理事会が任命した「特別報告者」のJ・ケナタチ・マルタ大学教授による、国会で審議中だった「テロ等準備罪法案」が「プライバシーと表現の自由を制約する」という報告書と、D・ケイ・カリフォルニア大学教授による「日本で報道の自由が危機に瀕している」という報告書が、発表された。

 どれも内容は杜撰(ずさん)きわまるものだが、日本のテロ等準備罪法は、国際組織犯罪防止条約に加盟している、百八17の国々の国内法に較べたら、ごく緩やかなものだ。

 日本ほど、報道が野放しにされている国は、少ない。なぜ矛先を同じ国連加盟国である、中国、北朝鮮、ロシアなど、表現の自由が存在しない国々へ向けないのか。
1996(平成8)年に国連人権委員会によって「特別報告者」として任命された、スリランカのクマラスワミ女性弁護士が、『女性に対する暴力』と題する特別報告書を発表して、旧軍の慰安婦が「明確な奴隷制度」で、「組織的強姦」が行われたと、断定した。事実は、慰安婦は将兵を顧客にした民間売春施設で働く売春婦だった。

 日本は先の大戦の戦勝国が、日本が残忍で、非人道的な国だというイメージをひろめたのに加えて、韓国、中国が日本を貶(おとし)める宣伝を精力的に進めてきたために、世界の多くの人々が「南京大虐殺」や、慰安婦が「性奴隷」だったと、信じるようになっている。

 2月に、日本にも多くの読者を持つ、ユダヤ教僧侶のラビ・マービン・トケイヤー師が、ニューヨークで日本政府から多年にわたって、日本の正しい姿を世界に紹介した功績によって、旭日双光章を受勲した。

 トケイヤー師が月刊『WiLL』8月号に、先の大戦前に、アメリカ、イギリスをはじめとする諸国がナチス・ドイツの迫害から必死に逃れようとするユダヤ人の受け入れを、反ユダヤ主義から拒んだために、多くのユダヤ人がガス室へ送られたが、日本だけがユダヤ人を救った人道的国家だったと寄稿している。

 トケイヤー師は、今年80歳になった。とくに1938(昭和13)年に、関東軍参謀長だった東條英機中将とハルビン特務機関長だった樋口季一郎少将が、シベリア鉄道で満ソ国境まで到着した2万人のユダヤ人難民を、ソ連がドイツへ送り帰すところを救ったことを、「偉業」「快挙」として賞讃している。

 これは、杉原千畝(ちうね)リトアニア領事代理が、数千人のユダヤ人難民を「生命(いのち)のビザ」を発給して救った、2年前のことだ。

 トケイヤー師は戦後の日本人は、日本がすべて悪かったと思い込まされて、東條、樋口両将軍が軍人だったために、大量のユダヤ人を救った業績が無視されて、杉原ばかりに脚光が当たっているといって、嘆いている。

 そして、日本では杉原領事代理が本国政府の訓令に違反して、ビザを乱発した罪によって、外務省を追われたということが定説になっているが、それは嘘で、リトアニア勤務後に昇進したうえ、昭和天皇から勲章も授けられていると、指摘している。

 トケイヤー師はアンネ・フランクの父親が、アメリカ大使館、領事館に日参して、一家のビザの発給を哀願したのにもかかわらず、断られたが、もし、ビザがおりていたら、今日、アンネは88歳で、アメリカで暮らしていたはずだと、書いている。

 トケイヤー師は「いま大きな夢を描いている」といって、両将軍がユダヤ人難民を救った実話を中心にした、ユダヤ民族と日本の絆についてドキュメンタリーを製作して、アメリカのテレビに提供することを思い立って、日米で募金を始めたいと、述べている。


  日本は世界の現実から遊離している
    Date : 2017/09/05 (Tue)
 憲法はいうまでもなく、世界の現実にそぐったものでなければならない。

 稲田朋美防衛大臣が安倍内閣の支持率が急落するなかで、内戦によって混乱する南スーダンへ国連平和維持活動(PKO)に派遣されていた、陸上自衛隊部隊の日報をめぐる問題の責任をとって、内閣改造を待たずに辞任に追い込まれた。

 部隊は比較的に安全な地域で、道路建設など民生支援の活動を行っていた。

 ところが、部隊の付近で武力衝突が発生したのを、東京へ送った日報のなかで「撃(う)ち合(あ)い」といえばよかったのに、「戦闘」と書いた。防衛省が日報に使われていた「戦闘」という言葉が、使ってはならない言葉だったので、非公開としたために、野党やマスコミが「隠蔽」したといって大騒ぎした。

 私は頭が悪いので、「撃ち合い」と「戦闘」のどこが違うのか、分からない。

 稲田氏が防衛大臣になった直後に、うっかり「防衛費」を「軍事費」といったところ、国会で叩かれたことがあった。

 一般の国民が「防衛費」のことを、「軍事費」といったら、誰一人咎(とが)めないはずだ。

 安倍改造内閣が発足したが、もし新閣僚の一人が自衛隊をうっかり「軍」と呼んだら、きっと野党によって厳しく追求されるだろう。

 私は自衛隊は軍隊だと思う。日本の外のすべての人々が、自衛隊を軍隊だと思っている。ところが、日本では自衛隊は軍隊ではないというのが、常識だ。

 私は世界の人々のほうが、正しいと思う。こんなことをいうと、私は気が触れているのだろうか?

 「あれは撃ち合いであって、戦闘ではありません」「防衛費と軍事費は、違うものです」日本の国権の最高機関である国会や、良識の府といわれるマスコミで、このような会話が当然のように行われているが、日本は世界の現実から大きく遊離しているのだ。

 医学では、このような症状を夢遊病(ソムナムブリズム)と呼ぶが、夢遊病者は記憶や判断力を失って、夢遊状態で歩きまわるから、危険きわまりない。

 日本国憲法が、この原因をつくっている。

 日本国憲法の前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全を保持しようと決意した」と、述べている。

 世界のあらゆる国が平和を愛しているから、日本は自分を守るために、いっさい武力を持つことなく、泰平の夢を楽しんで生きると、誓っているのだ。

 この誓いのもとで、憲法第9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と、定めている。

 日本国憲法は、日本を夢遊病者にしている。

 東京からだと1000キロ、九州からだと500キロしか離れていない北朝鮮が、核兵器の開発に狂奔し、日常のようにミサイルを試射して、秋田県の沖合に撃ち込んでいる。

 やはり隣国である中国は、隙さえあれば尖閣諸島を奪おうと、毎日、武装公船によって尖閣諸島を取り囲んでいる。

 ロシアは北方領土を軍事基地化して、ミサイル部隊を送り込んでいる。

 いまのところアメリカが日本を守ってくれているから、よいかもしれないが、いつまでアメリカが日本を守ってくれるのだろうか?

 言葉は現実と一致していなければならないのに、国家にとってもっとも重要な言葉である日本国憲法は、現実に大きく背いている。


  小池都知事は流行神か
    Date : 2017/08/31 (Thu)
 都議選で、小池百合子都知事の「都民ファーストの会」が圧勝し、自民党が惨敗した。

 私は「日本は千数百年以上も、変わっていないのだ」と思って、溜息をついた。

 日本だけに独特な流行神(はやりがみ)現象が、間断なく起った。江戸時代には「時花神」と呼ばれて、「はやりがみ」という訓(るび)がふられた。「時花仏(はやりぶつ)」もあったが、花が咲いて、ぱっと散るのに、喩えたものだった。

 ある時、ある神社か、ある仏閣、祠に詣でると、大きな御利益がえられるという噂がひろまり、参詣者が殺到するが、半年か1、2年しか続かず、忘れられてしまうことから、「祀(まつ)り上げ祀(まつ)り棄て」といわれた。

 流行神について『日本書紀』の皇極紀に、不思議な力をもつ蚕(かいこ)ほどの虫が現われ、拝むと富や長寿がえられるといって、民衆がどっと押し寄せたと、記されている。「都鄙(とひ)(都と田舎)の人、常世(とこよ)の虫を」と語られているが、もっとも古い記述だろう。

 流行(はやり)神仏は常世神とか、志多羅神(しだらがみ)、鍬神とか、時代によってさまざまな名で、知られた。

 小池百合子一座の役者たちは大部分が、選挙直前に公募によって集まった、新人によって占められていた。

 「日本人とは何か」

 私は高校生のころから、「日本人とは何か」ということに関心をもって、日本の民俗学の草分けである柳田國男(1875年〜1968年)の著作を、読み漁るようになった。今日なら、文化人類学に当たる。そんなことから、アメリカの文化人類学者(アンソロポロジスト)で、コロンビア大学社会学部長をつとめたハバード・パッシン教授(1916年〜2003年)と親友になった。

 私はパッシン教授を、「どうして先進国の人々の社会行動を研究するのを社会学といい、後進国になると文化人類学というのか」といって、からかったものだった。

 柳田は流行神について、「男女老幼狂奔して之(これ)を迎へ候者都鄙(とひ)(都会と田舎)に満ちたるやうに候か、過ぎての後は夢のやうに候はんも、其(その)折に際して渇仰の情極めて強烈にして、他意左右を顧みるの暇なかりしなるべく、(略)、此時(このとき)涌きかへりたる熱中血潮は即今我々の身の内を環(めぐ)るものにして(略)愚痴と云ひ迷信と云はばそれ迄(まで)」と、述べている。

 そして「近世の流行神鍬神の如きは、其蔓延の極盛時に当たりては、鉦鼓雑揉(しようこざつじゅう)(乱れ混じり)正(まさ)に一千年前の修多羅(しだら)神福徳仏の流行、さては大昔の常世の神の狂態に伯仲せしやうに候」と、評している。

 ぎぼしが流行神仏

 何であれ、神体となった。しばしば仏像の宝玉に似ていることから、全国の橋の欄干の柱頭につける葱(ねぎ)の花に似た擬宝珠(ぎぼし)が、流行(はやり)神仏となって群衆を集めた。

 私は東京の文京区小日向で生まれたが、数日前のテレビのバラエティショーをみていたら、全国にある“びっくり地蔵”の一つとして、林泉寺の「縛られ地蔵」が取り上げられた。享保年間だったが、この石仏を縛ると願が叶うといって、大賑わいとなったという。

 江戸時代の享和3年の記録を読むと、浅草の寺の裏に、狐が4、5匹棲む穴があって、御利益がえられるという噂がひろまり、「いかなる故有しにや諸人参詣群集し、近辺酒食の肆(し)(店)夥(いちぢる)しく出来、賑やかにありしか、半年も過けれは、参詣人まれにてもとの田舎のことし、俄(にわか)に盛(さか)る者久しからすという理なり」と、嘆じている。

 流行神仏ははやりすたりが、激しいのだ。民衆は熱しやすく、さめやすいのだ。

 季節の花である時花(じか)のように、すぐに萎れてしまう。これらの一過性の流行(はやり)神仏に対して、既成の仏教教団が「淫祠」とか、「淫神」と呼んで蔑んだ。

 男女老若も町中さわぎ

 小池都知事はもっとも新しい、流行神である。私は淫神とは呼ぶまい。流行神仏はしばしば熱狂的な踊りをともなったが、都知事選と都議選中に、小池氏の街頭演説を見ようと群集した人々を見ていると、流行神の参詣者を思わせた。

 江戸時代にはほぼ60年周期で、大規模な「お蔭参り」現象が発生した。伊勢神宮のお札が空から降ってきたという噂が、全国にひろまって、大群衆が日常の生活から飛び出して、道中歌い踊りながら奔流のようになって、伊勢神宮へ向かった。「抜け参り」とも呼ばれた。

 最後の「お蔭参り」は、明治元年の前年の慶応3年に起った。庶民ばかり300万人が参加したといわれるが、明治に入ってすぐに  行われた国勢調査によれば、日本の人口が3000万人だったから、10人に1人が加わったことになる。

 当時の記録によれば、「昼夜鳴物秤(ばかり)を打たゝき、男女老若も町中さわぎ、其時のはやり歌にも、おめこへ紙はれ、はげたら又(また)はれ、なんでもえじゃないか、おかげで目出度、という斗(ばか)りにて大さわき、又は面におしろい杯を附け、男が女になり女が男になり、又顔に墨をぬり老女が娘になり、いろくと化物にて大踊、只(ただ)欲も徳もわすれ、えじゃないかとおとる」と踊り練り歩く、狂態を演じた。  

 流行神の現象がなぜ頻発するか

 なぜ、日本にだけ流行神という現象が頻発したのだろうか。

 日本には仏教が入ってくるまで、神々が群生しており、どこにでも神がいるという信仰だけあって、教典、戒律がある教派宗教が存在しなかった。絶対的な神格が存在しないために、人々が神仏を自由奔放につくりだすことが、できたからだったと思う。

 今日でも、日本には絶対的に正しいという聖が、欠けている。私は在来信仰である神道は、おおらかなものであって、宗教ではないと思う。

 日本人は森羅万象を崇める信仰心が強いものの、教典や戒律によって縛られないから、宗教性が薄い。「宗教」という言葉は、明治になってから寛容を欠くキリスト教が入ってきたために、新しく造られた明治翻訳語であって、それまで日本には宗門、宗旨、宗派という言葉しか、存在していなかった。

 世界文化遺産に指定されると、そこに人々が大急ぎで殺到するのは、世界のなかで日本だけにみられることだ。

 上野動物園でパンダに子が生まれると群集して、『上野精養軒』の株価が急騰する。利に聡い新聞社や、テレビ局が流行神をつくるために、噂をひろめる。
 
 都議選に惨敗して以後、それまで「安倍一強」と囃されたのに、安倍内閣の支持率が急落した。大手新聞やテレビが、“安倍叩き”に熱中している。これも、江戸時代に庶民の大きな娯楽だった歌舞伎の演目に、権力者が没落するというテーマが、もっとも多かったことを思わせる。武士とその家族は歌舞伎を観劇することを、禁じられていた。

 日本では江戸時代を通じて、政治が世界のどこの国よりも安定して、治安がよく、庶民が豊かで、自由な生活を享受していた。支配階級であった武士だけが、政治に責任を負って、庶民は政治に参加することがなく、政治の傍観者だった。

 大正14年はじめての普通選挙

 大正14年の普通選挙によって、庶民がはじめて政治に参加したが、ここ90年あまりのことでしかない。そのために庶民にとって政治というと、流行神に現世利益とか、世直しの願望を託すような次元で、とらえられている。

 小池都知事はいつも洋装に気を砕いて、「ファースト」とか、「ワイズ・スペンディング」とか、舌足らずの英語を乱発している。国枠主義者のなかに眉を顰める向きがあるが、私には日本原人のように泥臭いから、好感がもてる。

 日本では古代から常世の国といって、遠い海原の果てから幸がもたらされるという、信仰があった。日本は海の文化だから、陸の文化である中国にない「宝船」という発想がある。そのために、日本語のなかに夥しい数にのぼる英語から借りてきた、生ま半可な言葉が氾濫している。     


  これで日本を守れるのか
    Date : 2017/08/29 (Tue)
 安倍内閣が大手新聞、テレビ、週刊誌がおもしろおかしく煽った加計・森友学園騒動のなかで都議会選挙が行われ、「都民ファーストの会」に惨敗して支持率が急落したために、4年8ヶ月で3回目の内閣改造による起死回生をはかった。

 マスコミが、こぞって「人心一新」という言葉を使った。

 日本国民は気付いていないだろうが、世界の主要国のなかで、こんなに頻繁に内閣改造が行われる国はない。

 満州事変の昭和6(1931)年から、真珠湾を攻撃して、大戦争に飛び込んだ昭和16(1941)年までの10年間は、日本にとってもっとも重要な10年だった。

 このあいだ、若槻礼次郎内閣から、東條英機内閣まで13人の首相と、近衛内閣が3次にわたったから、15もの内閣が登場した。

 これでは一貫した政策も、国家意志もあったものでない。目隠しをして、無謀な戦争に突入したようなものだった。

 戦前から新内閣が登場するたびに、新聞(当時はテレビがなかった)が、「人心一新」と書き立てた。なぜ今日も、マスコミが「人心一新」という言葉を、鸚鵡(おうむ)の一つ覚えのように、繰り返すのだろうか。

 先きの太平洋戦争は3年8ヶ月にわたったが、日本では3人の首相が登場した。スターリンのソ連、ヒトラーのドイツ、ムソリーニのイタリアは独裁国家だったから、当然だとしても、日本と同じ自由主義国だった、イギリスではチャーチル、アメリカではルーズベルトが戦争終結の3ヶ月前に急死したが、政権を一貫して預かった。

 日本では古来から、「畳と女房は新しいほどよい」といわれてきたように、新しいものを好むのだ。その証拠に、今回、内閣改造が行われると、世論調査によって差があるが、安倍内閣の支持率が2%から9%あがった。

 東京から千キロ、九州から500キロしか離れていない北朝鮮が、核開発に狂奔し、日常のようにミサイルを試射して、秋田県沖に撃ち込んでいる。中国は武装公船によって尖閣諸島を囲んで、隙あれば奪おうとしている。ロシアが北方領土を、軍事基地化している。

 こんな時に、加計学園とか森友学園とか、枝葉末節に構っている場合なのか。戦前から開戦に至るまでの死活がかかった10年間に、15回も内閣が交替するたびに、「人心一新」といったのを思い出すべきだ。

 今度の内閣改造について、政治通が岸田文雄外相を党の中枢に据えた「安倍岸田連立体制」とか、石破茂氏の孤立をはかって、野田聖子氏を閣内に取り込んだとか論評しているから、屋上屋を重ねまい。

 日本では、なぜしばしば内閣改造が行われるのか。他国にはみられないことだ。

 これは、日本の文化に根ざしている。諸外国の政治も2000年変わっていないし、日本も同じことだ。

 日本で132年前に近代内閣制度がはじまったが、伊藤博文が初代首相となった。

 96代目の安倍首相も、指導者ではない。以前の首相も、全員が指導者ではなかった。ところが、西洋や、中国をはじめとする諸国では、指導者が政府を率いている。

 「指導者」という言葉は、江戸時代が終わるまで、日本語のなかに存在しなかった。明治の開国とともに、英語の「リーダー」などの外国語が入ってきたので、先人たちが訳するために「指導者」という新語を造った。

 日本では歴史を通じて、リーダーがいなかった。日本神話の最高神の天照大御神は、中国、ギリシア、ローマ、北欧、ユダヤ・キリスト・イスラム神の最高神がみな男性で、絶対権力を握っているのと違って、権力がない。

 日本では八百万(やおろず)の神々はみな平等で、いつも協議している。

 リーダーは誰よりも優れていると認められて、その地位につくが、聖徳太子の『十七条憲法』は人が「共に是(こ)れ凡夫のみ」――「人間はみな同じだ」と定めている。

 アメリカを例にとれば、大統領がリーダーであり、閣僚の長官、副長官、次官、次官補などの政治任命職は、全員が「大統領の人格の延長」であって、大統領の代理人である。

 日本では、麻生副総理や、河野外相、江崎鉄磨沖縄・北方担当相たちは、安倍首相の「延長」ではない。上に立つ者は御輿(みこし)のように、わいわい担がれている。

 御輿を担ぐ衆は、アメリカのように政策だけを尺度にして選ばれるわけではない。日本では、政治は「人事」なのだ。
だから、江崎氏のような“凡夫中の凡夫”も入閣する。

 日本は森喜朗元首相がいったように、「神々の国」なのだ。日本列島は元寇を除けば、外敵に侵されることがなく、平和だったから、合議制でもよかったが、今日のように周辺の脅威が募り、アメリカの信頼が揺らぐ時には、リーダーシップが必要だ。

 私は安倍首相に何よりも、今日の日本語の乱れを正すことを、期待したい。

 稲田朋美防衛大臣が内閣改造を待たずに、直前に辞任に追い込まれたが、南スーダンに国連平和維持活動(PKO)のために派遣されていた陸上自衛隊部隊が、東京へ送った日報のなかで、駐屯地の近くで「戦闘」が発生したと、報告したためだった。

 南スーダンでは内戦が戦われているが、自衛隊部隊は比較的、安全な地域で、道路建設などの民生支援活動を行っていた。

 日報のなかで「撃ち合い」といえばよかったのに、防衛省が日報に使われていた「戦闘」という言葉が、使ってならない言葉だったために非公開としたのを、野党やマスコミが「隠蔽」したといって、大騒ぎした。

  私は頭が悪いので「撃ち合い」と、「戦闘」のどこが違うのか分からない。

 稲田氏が防衛相になった直後に、うっかり「防衛費」を「軍事費」といったところ、国会で叩かれた。一般の国民が「防衛費」のことを「軍事費」といったら、誰も咎(とが)めないはずだ。もし、安倍内閣の新閣僚が、うっかり自衛隊を「軍」と呼んだら、野党に吊し上げられよう。

 日本の外のすべての人々が自衛隊を軍隊だと思っているが、日本では自衛隊が軍隊でないのが常識だ。私は世界の人々のほうが正しいと思うが、気が触れているのだろうか。
「あれは撃ち合いであって、戦闘ではありません」「防衛費と軍事費は、違うものです」

 日本の国権の最高機関である国会や、良識の府といわれるマスコミで、このような会話が当然のように行われているが、日本は世界の現実から大きく遊離しているのだ。

 医学ではこのような症状を、夢遊病(ソムナムブリズム)と呼ぶが、夢遊病者は夢遊状態で歩きまわるから、危険きわまりない。

 憲法が、この原因をつくっている。日本国憲法は前文で、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」「安全を保持」すると述べ、憲法第9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と、定めている。

 北朝鮮や、中国や、ロシアが「平和を愛する諸国」だろうか。

 日本国憲法は、日本を夢遊病者にしている。

 いつまで、アメリカが日本を守ってくれるだろうか?

 国家にとってもっとも重要な言葉である日本国憲法は、世界の現実に大きく背いている。

 安倍自民一座の脇役や端役の質が、悪い。

 3人とも離党を強いられたが、中川俊直議員や、今井絵理子議員など、武田信玄の『風林火山』ならぬ、『不倫火山』の幟(のぼり)を背負った一団や、実生活で狂女を演じる豊田真由子議員をはじめとして、舞台に立てない役者が多すぎる。

 安倍座長が人がよくて、厳しさを欠いているからだろう。
これは自民一座に限らないが、ほとんどの女性議員がパーティに出掛けるか、クラブの年増ホステス気取りか、国会で仕事をするとは思えない化粧や、派手なドレスを着ている。
稲田朋美前防衛相だけを責めたくないが、場違いなファッションで知られたために、同僚の男性議員から「チーママ」と呼ばれた。

 日本の女性の美しさは、粋(いき)にある。派手な装(な)りや、厚化粧は不粋で醜い。

 化粧は暗示にとどめるべきだ。異性が好きでも、厚化粧して露骨にだしてはならない。ブスは漢字で「不粋(ぶす)」と書いた。派手の語源は「葉出」であって、余計にはみだした葉を刈り取ることからきている。派手造りをした女性議員たちは、異常な自己顕示欲の持ち主なのだろう。

 女性議員が日本国民の美意識を破壊しているのは、由々しいことだ。

 私は安倍首相を応援しているが、いくら票になるといっても、「女性の活躍社会」とか、女をおだてるのはやめてほしい。

 高校以上の高等教育を無償化することによって、高等教育を重視して、受験戦争を激化させるのもやめてほしい。心身ともに不健康な受験戦争より、スポーツを奨励して、大いに振興するべきだ。

 青年男女の体力を向上させれば、精力があり余って、異性がひかれあい、少子化がもたらす危機を解決できる。

 政府や公共放送が、英語から借りてきた舌足らずな言葉を乱用するのも、やめてほしい。

 NHKは「開店した」といわずに、「オープンした」「イベント」「ショッピング・モール」とか、不消化な英語を乱発している。

 小池百合子都知事も、ひどい。「ワイズ・スペンディング」とか、「ファースト」とか、生半可な英語を振り回す。
日本語が危い! 国語のなかに溢れている、おびただしい怪しげな英語を使うごとに課税して、アメリカに支払えば、トランプ政権が不満を鳴らしている日米貿易不均衡を、たちどころに是正できよう。

 経済産業省の特定サービス産業統計調査によれば、平成28(2016)年度のパチンコ業界の売り上げは、3兆7269億円だった。

 同年度の女性化粧品の売り上げは、2兆円を超えている。同じ年度のサプリ(健康食品)79社の売り上げが、5457億円(日本流通産業新聞調査)だったが、全国に1000社以上あるサプリ業界全体なら、この3倍以上になろう。

 平成29(2017)年度の陸上自衛隊の予算が1兆7706億円、海上自衛隊が1兆1548億、航空自衛隊が1兆1578億円だが、陸自は人件費が大部を占める。

 朝鮮半島が一触即発だ。いま、私たちは日本有事と隣り合わせて生きている。日本を守る盾は、自衛隊しかない。

 三自衛隊のいずれの予算をとっても、パチンコ業界、化粧品、サプリ業界の売り上げよりも少ない。

 いつ、日本列島が北朝鮮のミサイルを浴びるか、わからない。

 北朝鮮のミサイルを、日本海に浮かぶイージス艦と、陸上のPAC3ミサイルで迎撃することになるが、数が足りない。イージス艦とPAC3の射程範囲内に飛んできたミサイルを迎撃しても、半分以上は撃ち洩らそう。

 自衛隊はPAC3を17セットしか、持っていない。1セットが防衛省の構内に据えられているが、局地防衛用のもので、東京都全域を守ることはできない。千歳から那覇まで配備されているが、たった17セットでは、とうてい日本全国の盾とはなれない。

 防衛予算を大胆に増やして、アメリカからすでにグアム島などに配備されている、PAC3より高性能のイージス・システムを、急いで導入するべきだ。

 いくら女性が厚化粧をしても、ミサイルから身を守ることはできない。地上配備型イージス・システムのほうが、頻尿症に効くというノコギリヤシより、夜、安らかに眠れる。パチンコ屋へ行く回数を減らせば、行きつけの店が被弾しないで済む。

 憲法を改正して、憲法に自衛隊を書き込む時間的余裕はない。だったら、首相から天皇陛下に奏上して、自衛隊をお励まし賜りたい。

 自衛隊創設以来、天皇陛下が自衛隊を賜閲されたことも、自衛隊の駐屯地、基地に御幸されたことも、一度もない。

 有事に当たって、生命を犠牲とする青年たちに、国民を代表して、名誉をお与えいただきたい。自衛隊全員が感激して奮い立とう。
(2017年8月)


  核なしでは体制が守れぬ北朝鮮 アメリカはどう交渉に入るべきか
    Date : 2017/08/28 (Mon)
 私は昨秋からこの欄で、北朝鮮の核開発問題について、アメリカの安全保障問題を専門とする友人たちに、北朝鮮はどのようなことがあっても、核保有国となる決意を捨てることがないから、「北朝鮮を核保有国家として認めたうえで、北朝鮮と交渉するべきだ」と説いてきたことを、取り上げた。

 もし、トランプ政権が北朝鮮に外科的(サージカル)な(目標を限定した)攻撃であっても、攻撃した場合、北朝鮮は体制の威信を賭けて、韓国、日本に対して反撃を加えよう。韓国の総人口の3分の1以上が、南北軍事境界線から100キロ以内に住んでおり、北朝鮮の火砲・ロケットの射程内にある。日本も北のミサイルを迎撃しても、かなりの被害を蒙ることとなる。

 もっとも、北朝鮮は国家的自殺をはかるつもりはないから、全面戦争は戦いたくない。国際世論が「即時停戦」を求めて、5、6日後に停戦に持ち込むことを期待しよう。

 私は昨年10月と今年6月に、ワシントンを訪れた時に、北朝鮮と交渉すべきだと促した。

 北朝鮮は核なしで体制を守れないと、確信している。

 リビアはアメリカの甘言に騙されて、核開発を放棄した後に、オバマ政権によって軍事攻撃を加えられて、崩壊した。
ソ連解体後にウクライナが独立し、国内にあった核兵器をロシアへ渡すかわりに、ウクライナが侵略を蒙ったら、ロシア、アメリカ、イギリスが共同して守ることを約束した。
ロシアがクリミア地方を奪った時に、アメリカとイギリスは傍観した。北朝鮮はこのような例を、肝に銘じていよう。

 トランプ政権は北朝鮮を核保有国として認めることを、拒んでいる。中国に北朝鮮に圧力を加えることを求めているが、中国はよそ見をしている。

 といって、トランプ政権は宝刀を抜いて、北朝鮮を斬りつけることはできまい。戦闘が始まって数十万人が死ぬことになったら、耐えられまい。

 アメリカはインド、パキスタンの核保有に強く反対してきたが、いまでは両国の核を認めている。北朝鮮も、同じことではないか。

 6月に入って、クリントン政権のパネッタ国防長官、レーガン政権のシュルツ国務長官などが大統領に書簡を送って、北朝鮮を核保有国として認めて交渉すべきだと、進言した。

 この1ヶ月あまり、アメリカのマスコミでも、同じような意見が多数を占めるようになっている。

 ワシントンの安保問題専門家から、私に「あなたのいった通りの方向に動いている」という、メールがあった。

 私はアメリカが北を核保有国として認めて交渉するのに合わせて、日本も北と交渉して、北が核弾頭数とミサイルの射程に制限を受け入れるのと引き替えに、日朝間で国交を結ぶことを提言してきた。

 1964年の日韓国交正常化の時に、韓国に6億ドルを供与したが、今日の貨幣価値にして1兆円以上を、10年あまりに分けて北に提供する。

 交渉がまとまれば、拉致被害者が全員帰国して、朝鮮半島に平和秩序が確立される。

 韓国は日本からの6億ドルによって、“漢江(ハンガン)の奇蹟”を行ったが、北も“大同江(デドンガン)の奇蹟”を行うことになる。このあいだ北朝鮮は、親日国家にならざるをえない。そうなれば、韓国も反日を叫び続けるわけにゆくまい。


  世界レベルには程遠い 豊田真由子議員の罵詈雑言
    Date : 2017/08/09 (Wed)
 私はテレビで豊田真由子衆議院議員が、運転中の秘書に対して、罵詈雑言をあらんかぎりの声で絶叫しているのを聴いて、「日本はよい国なのだ」と、安心した。

 きっと、読者の方々は意外だと思われることだろう。

 だが、私は日本の国民性がよく表れていると、思った。日本語の特徴と、日本の民族性が、中国、韓国、ヨーロッパの諸国民と異なっていることが、浮き彫りになっていた。

 豊田議員は言葉を盡して、自分よりも年長の男性秘書を罵倒しているのに、「このハゲ!」とか、「こいつ豊田真由子様へ向かって、ふざけやがって!」というように、相手を罵しる語彙(ごい)(言葉の表現)が、実に乏しい。

 中国や、韓国語になると、「お前の母親の××(女性性器)は腐っている!」とか、「犬の糞を食ったばかりの顔(つら)をしやがって!」とか、相手を罵しる言葉が、数百もある。

 これは、言語学で「罵倒語」(英語ではcurse words 呪いの言葉)と呼ばれるが、キリスト教の旧約聖書を読むと、「いったい、これが宗教書なのか」と疑わされるほど、罵倒語に溢れている。

 私はケネディ大統領が暗殺された直後に、当時のアメリカの流行伝記作家のウィリアム・マンチェスターが、『ある大統領の死』をアメリカの週刊誌に連載したのを、『週刊新潮』が版権を買った時に、訳者をつとめたことがあった。

 ところが、ケネディ大統領とジャクリーン夫人が会話のなかで、英語国民が気に入らないことに対していう、「シット!」(糞尿)とか、「ファック!」(性交のさま)とか、人を罵っていう「アスホール」(尻の穴)など罵倒語を連発するので、翻訳しようがなく、頭を抱えたことがあった。

 英語だけではない。フランス語、ドイツ語などのヨーロッパ諸語にも、数限りない罵倒語がある。荒々しい人たちなのだ。

 それに対して、日本語では罵倒語になると、「クソ!」とか、「アホ!」とか、貧弱である。おそらく7つか、8つぐらいしかないのではないか。

 豊田真由子議員のような女性は、古代から日本では珍しくなかった。

 『源氏物語』と同時代に著された、藤原道網母による『蜻蛉(かげろう)日記』は、19歳に嫁いでから20年あまりにのぼる結婚生活について、不平鬱憤(うっぷん)を綴った日記文学である。著者が癇性(かんしょう)を爆発するたびに、夫の兼家が「おお、こわや、こわや」といって、怯えている。

 日本は、中国、韓国、西洋と違って、古代から男女が和歌を詠んで、対等に相問歌(そうもんか)を交換したように、女性が強い国であってきた。

 豊田議員の秘書の証言を読むと、豊田議員は癇性が強いだけで、絶叫した後に痙攣して意識を失っていないから、先天的な癲癇(てんかん)症ではない。

 日本語にほとんど罵倒語が存在しないのは、日本人が互に思い遣って、人と人との和を重んじるからである。それに対して他国では、人々が「俺が」「わたしが」といって、自己中心で、つねに相手に勝たなければならない対立関係にあるからだ。

 日本の古来信仰である神道のもっとも基本的な教えは、「言挙(ことあ)げ」をしてはならないことである。言葉はもっぱら自己主張と、自己弁解のために用いられるから、心を用いてできるかぎり言葉を慎んだほうがよい。

 日本では「よい言葉を発すれば、現実がよくなる」という、言霊(ことだま)信仰が力をもってきた。そのために、罵倒語が存在しなかった。日本は言葉と論理を重んじる他の諸国と違って、心の国であってきた。いまでも日本は、「言霊の幸(さきは)ふ国」なのだ。

 そう思いながら、豊田議員の罵声を聞いていると、可愛らしい。配偶者がいられるようだが、夫君は1000年前の『蜻蛉日記』の兼家のように、苦労されているのだろうか。


  史上最初の29連勝 14歳の快挙
    Date : 2017/08/04 (Fri)
 中学3年生の藤井聡太4段が、将棋公式戦で史上最初の29連勝を果したことが、日本全国を涌かせた。藤井君の快挙に喝采したい。

 ふと、私は藤井君を少年扱いにするのは、日本社会が幼児化しているからではないのだろうかと、訝った。

 藤井4段は満14歳になる。将棋だけではなく、いろいろな分野で、第2、第3、第4の藤井君が現われてほしい。

 今年は明治元年から数えて、150年目に当たる。徳川時代が終わるまで、地方によって異なったが、武家、庶民ともに、男子は12歳から16歳(満11歳から15歳)で、前髪を剃り落して元服し、成人の仲間入りをした。

 日本の社会の幼児化が進んでいる

 この30年ほどだろうか、日本の社会が幼児化しているために、活力を衰えさせているのではないか、不安に駆られる。

 政府が高等教育の無償化を実現しようとしているが、今日の日本には大学の数が多すぎる。3分の1か、4分の1でよいのではないか。

 高校の数も、多すぎる。大学や、高校の数が多すぎるために、国民の教育水準を低いものにしている。

 何よりも日本の活力を奪っている元凶は、受験戦争だ。

 学校や企業の場におけるいじめが、大きな社会問題となっているが、受験戦争は国家が主宰している壮大ないじめだ。

 少年の心を歪めてはならない

 私は敗戦の年に、国民学校(昭和16年4月から小学校がそう呼ばれた)3年生だった。長野県に疎開したが、戦争最後の1年間は授業がほとんどなかった。鎌を片手に軍馬の秣(まぐさ)刈りに動員されたが、戦争に勝つためだと信じて、小さな胸を誇りでいっぱいにして、励んだ。

 占領下の小学校では、上級生が使った教科書で学んだが、ところどころ墨が塗られて消されていたうえ、満足な授業が行われなかった。封建的だというので、習字もなかった。

 大学に進むまで、いまわしい受験戦争もなかった。私は鎌倉で育ったが、仲間の子供たちとのびのびと時間がたつのも忘れて、自然のなかで遊んだ。二宮尊徳の歌に「音もなく香もなく、常に天地(あまつち)は書かざる経をくりかえしつつ」という句があるが、人との絆(きずな)や、生きる悦びを身につけた。

 人が育つためには、少年期に過度に束縛されず、友達たちと好きな時間を送ることが、必要だと思う。少年時代はいってみれば、人生の幅広い土台をつくる正3角形の底辺のようなものだろう。底辺が大きいほど、3角形が大きくなる。

 和泉式部と樋口なつの教養の深さ

 学校教育を、盲信してはならない。大隈重信は佐賀藩の藩士の子として藩校に通ったが、晩年に遺した自伝のなかで「頑固窮屈な朱子学のみ奉じて、一藩の子弟をことごとく鋳型のなかに封じ込めようとした」と、非難している。重信は満14歳で騒動を起こして、退校処分となった。

 武家の男子は全員が藩校で学んだが、庶民の子は男女とも寺子屋に通った。寺子屋は江戸期に全国で2万以上を数えたが、4年制が多く、どれもが地域住民による手造りだった。

 私は和泉式部をはじめとして、多くの歴史上の女性に恋している。その1人に、5000円札に肖像を飾っている、樋口一葉がいる。本名を樋口奈津、あるいはなつといった。

 なつの父親は今日の山梨県にあった、甲斐の国の貧農の息子だった。村の庄屋の娘と道ならぬ恋をして、2人は幕末の江戸に駆け落ちした。

 父親は暦が明治に変わると、東京府の最下級の役人として就職して、なつは明治5年に鍛冶橋にあった、長屋の官舎で生まれた。なつの最終学歴といえば、尋常学校4年である。当時の小学校は、4年制だった。

 父親はなつが幼いころから、万葉集や、『源氏物語』などの古文学を教えた。今日の日本では想像できないだろうが、貧農の子だった父親に、それだけの教養があったのだった。

 なつが17歳の時に、父親が死んだ。なつは母と妹の生活を支えるために、洗い張りや針仕事をしながら、小説を執筆した。25歳で極貧のなかで病死したが、明治最大の女性の文豪となった。

 教育は受けるものではない。求めるものだ

 伊能忠敬をとろう。私の父方の祖母は千葉県八日市場の醤油造り農家の娘だったが、忠敬の曾孫(ひまご)に当たった。そこで、私も忠敬の血を引いている。祖母は15歳で銚子の隣にある、旭の祖父に嫁いだ。祖父は17歳だった。当然のことに、祖父も祖母もその年齢で責任感に溢れていた。

 忠敬は幼名を三治郎といい、九十九里浜の農家に生まれた。幼時に漁具をしまった納屋の番をしながら、親から、また寺子屋で読み書きや、算盤を習った。寺子屋では師匠が子供たちを、厳しく躾けた。17歳で佐原の庄屋だった伊能家に婿入りして、忠敬と名乗った。

 50歳で隠居したが、それまで独学で天文学や暦学や、和算を学んでいた。隠居すると江戸に出て、幕府の天文方だった高橋至時に弟子入りして、天体観測や、測量を修めた。

 忠敬は55歳で、深川の富岡八幡宮から全国測量の第一歩を踏み出した。忠敬が作製した日本地図は、今日、海岸線が埋め立てなどによって、大きく変わってしまっているが、驚くほど正確なものだ。

 江戸期の日本は庶民のなかから、無数の優れた学者を生んでいる。これは世界でも珍しい。二宮尊徳は後に士分に取り立てられたが、農家の出である。

 どうして150年前に、アジアのなかで日本だけが明治維新を成し遂げて、近代化することに成功して、たちまちうちに世界を支配していた白人国家のなかで、対等の地位を獲得することができたのだろうか。

 明治維新を招き寄せた志士や、明治の日本の発展を支えた先人たちは、まず自分をつくり、新しい日本をつくった。

 ところが、今日の日本の青少年は、受験戦争といういじめを加えられて、健やかな人格を形成する少年期を奪われている。子供たちは幼稚園や小学校のころから、“合わせる人生”を送ることを強制されて、自立心を培うことができない。

 “つくる人生”と“合わせる人生”

 幕末の志士や明治の先人たちは、1人ひとりが“つくる人生”に挑んだ。もし、今日の日本の若者のように、ひたすら“合わせる”ことに努めていたとしたら、近代日本はなかった。

 もし、高等教育を無償化したら、日本からすでに死語に近くなっているが、苦学という言葉がなくなってしまおう。国民の多くが、人生が楽の連続でなければならないと、信じるようになっているが、日本を偽りの楽園にしてはなるまい。

 15年ほど前までは、今、マスコミを賑わせている「就活」という言葉は、存在しなかった。青年の大多数が自分を官庁や、できるだけ安定した企業に合わせて、身を委ねたい。

 「終活」といって、人生の終わりを準備する言葉まで、流行っている。本来、活動という言葉は、いきいきと行動することを意味しているが、就活や、終活というと、生気が感じられない。

 なぜ、中国と李氏朝鮮は無為無力で亡びたか

 19世紀に西洋の帝国主義勢力が、津波のようにアジアに押し寄せた時に、中国も、李氏朝鮮も、日本と異なって、新しい挑戦に対応することができず、立ちすくむだけだったために、亡国を強いられた。

 その大きな原因が、科挙制度にあった。科挙が、両国から活力を奪った。隋代から行われたが、2000年前の四書五経の暗記力を試すものだった。

 受験戦争は科挙によく似ている。日本を滅ぼすことになるのではないか。


  歴史を通じて天皇は日本の統治者
    Date : 2017/08/03 (Thu)
 天皇は日本の統治者であられる。

 そういうと、今日の多くの日本国民が「あなたは日本国憲法を知らないのか。憲法は国民が日本の主権者だと、規定している。国民が日本の統治者だ」といって、反論するはずだ。

 だが、統は「統(す)べる」「ばらばらなものを1つにまとめる」ことであり、治は「治(おさ)まる」ことを意味する。

 もし、日本に天皇がおいでにならなかったとしたら、日本は1つに纏まることがなく、治まることがないだろう。お隣の韓国のような不安定な国になる。

 たしかに、現行の日本国憲法では、国民が国家の主権者であって、天皇の地位は「国民の総意に基く」と定められており、国民が天皇の上にある。

 だが、日本では歴史を通じて、どの時代をとっても、国民が天皇を戴(いただ)いてきた。日本国憲法は天皇の地位を国民の下に置いているが、日本にそぐわない。

 もちろん、天皇は日本の政治の統治者ではない。天皇は日本の歴史を通じて、精神的な統治者であられてきた。

 しかし、政治が安定するためには、国民の精神が1つに纏っていることが、前提となる。

 6月に『天皇の退位等に関する皇室典範特例法』が国会で成立したが、今日の日本には、2人の天皇が存在している。1人が現行憲法のもとの天皇であり、もうお1人が日本の歴史のうえでの天皇でいらっしゃる。

 2000年の日本の歴史の重さと較べたら、敗戦と外国軍による占領という異常な事態のもとで強要された、日本国憲法は軽い。現行憲法は「日本国憲法」と呼ばれているものの、とても「日本国」の名に価しない。

 6月に国会で可決されて成立した『皇室典範特例法』は、日本国憲法のもとの天皇を対象としている。

 私はこの特例法について、不満がある。1つは「天皇の退位等に関する」といって、「退位」という言葉が用いられていることだ。なぜ、「譲位」としなかったのか。

 退位は100年前のロシア革命によって、ニコライ皇帝が退位を強いられて、ロシアのロマノフ王朝が滅びたとか、第1次世界大戦に敗れたドイツのウィルヘルム皇帝が退位したことによって、ドイツが共和国に変わったように、皇位が皇嗣(こうし)(嗣は世継ぎ)によって継がれない場合に、しばしば用いられてきた。

 特例法が譲位後の天皇の称号を「上皇」と定めているのに異議はないが、皇后をこれまで日本語になかった新語を造って、「上皇后」とお呼びするというのに、目を疑った。なぜ、「皇太后」とお呼びしないのか。

 皇室は古い、長い伝統から力をえてきた。それまで存在しなかった新語を造るたびに、皇室の力が弱められることになる。

 選挙によって選ばれる国会は、一過性のものでしかない。天皇の譲位をはじめとする、天皇家のありかたは、国会ではなく、天皇家にお任せするべきだ。皇室典範を天皇家の家法として、憲法と対等なものとするべきだと思う。

 陛下は昨年8月のお言葉の冒頭で、天皇のもっとも重要な役割として、宮中祭祀をあげられた。新しい憲法では、天皇が「祈る存在」であることを、明記してほしい。

 古来から日本は、祈る国家であってきた。日本を無神論の国家としてはならない。


  144年も変わらぬ日韓関係 文政権が韓国崩壊を招く?
    Date : 2017/07/24 (Mon)
 韓国で、親北朝鮮の文在寅(ムンジェイン)政権が登場した。

 それでも、わが大使館とプサンの総領事館の前に設置された慰安婦像が、撤去されることはない。
 
 やれやれ、日韓関係は144年も全く変わっていないのだ。

 明治6年に、朝鮮政府が日本の唯一つの外交公館として、釜山(プサン)にあった倭館の前に、日本を「罵詈譫謗(ばりせんぼう)」(罵る言葉)を連ねた、漢文で数千字にのぼる告示文を掲示した。

 内容は、日本の明治の改革を頭から否定して、日本が儒教の礼を踏み躙り、服装を西洋式に変えたことを痛罵し、日本が禽獣以下の国だとなじるものだった。

 日本側の抗議に対して、告示文を撤去することを拒んだ。日本政府はこの無法な告示文に激昂し、西郷隆盛をはじめとする太政官が、征韓論を唱える切っ掛けとなった。

 今日、この告示文の写しが、外務省外交史料館に保管されている。

 日本で嫌韓論が募っている。いったい韓国にどう対応したら、よいのだろうか?

 私は韓国は変わらないから、あるがままの韓国を受け容れて、経済、安全保障、文化に限って、互恵関係を結ぶべきだと思う。

 アメリカにキリスト教の一派のアーミッシュの共同体があるが、電気も、電話も、自動車も、いっさいの機械の使用だけでなく、聖書以外の読書、讃美歌以外の音楽を禁じている。敬虔な愛すべき人々だ。

 イスラエルに「オーソドックス・ジュー」と呼ばれる、ユダヤ教の厳格な戒律を頑なに守る人々がいる。聖書が肌に刃を当てることを禁じているから、髭を剃らない。シャバット(安息日)――金曜日の日没から土曜日の日没まで乗り物に乗らないし、火を点じることがない。信仰心が篤い人々だ。

 アーミッシュ教徒や、オーソドックス・ジューに、生きかたを変えるように求めるものだろうか?

 反日(パンイル)が韓国民の愛国心を支えて、元気の素となっている。韓国はかつて自国を小中華(ソチュンファ)と呼んで、中国の藩属国であることを誇って、日本を蔑(さげす)んできた。その日本が韓国を追い越したのが、誇りを傷つける。

 そのかたわら、韓国民は日本の発展が羨ましい。反日の裏では、日本に憧れている。韓国には「荘(ソジュン)」という、日本語にない言葉がある。

 韓国民の心情を理解して、日本が韓国の活力の源となっていることを喜びたいものの、明治初年の日本を苦しませたのが、朝鮮半島だった。日本は朝鮮半島をめぐって、清国とロシアと死活を賭けて戦うことを強いられた。 

 いま、北朝鮮から発する脅威が、日本を戦(おのの)かせている。それだけではない。文政権によって、韓国が崩壊する可能性がある。

 私は6月にワシントンに滞在したが、政権内部の友人が「もし文政権が北朝鮮に1ドルでも渡したら、われわれは黙っていない」といった。

 「どうするつもりなのか」と尋ねたが、笑って答えなかった。おそらく韓国の国軍を動かして、クーデターで文政権を倒そうということなのだろう。

 トランプ政権は民主的に成立した政権を倒したくないだろうが、オバマ政権がエジプトで民主的選挙によって登場したムスリム同胞団政権を軍が倒したのを黙認したのと、同じことになろう。


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