加瀬英明のコラム
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  トランプ再選へ 「敵矢」も後押し
    Date : 2019/12/10 (Tue)
 2020年11月の米国の大統領選挙は、どうなるのだろうか。

 日本の新聞、テレビは、米国の大手メディアを真似るのが習性となっているので、トランプ大統領が弾劾される可能性が高いように、報じている。

 米国の大手新聞、テレビはリベラルだから、“反トランプ(ネバ!トランプ)”で結束している。リベラルな読者や、視聴者の願望を満たさねばならないからだ。

 だが、トランプ大統領が連邦議会によって弾劾されて、失職する可能性はない。

 米国のマスコミが「ウクライナゲート」として大々的に報じているのは、トランプ大統領がウクライナのゼレンスキ大統領との電話会談で、民主党の大統領候補の最有力とされているジョー・バイデン前副大統領が在職中、ウクライナ政府が息子のハンターを顧問として雇うのと引き替えに、経済援助を行った疑惑を調査するように求め、代償として軍事援助を与えると、申し出たというものだ。

 米国はウクライナに、30年近くも軍事援助を与えており、トランプ大統領がそれを代償にしたとは考えにくい。それに援助対象国の軍、官が腐敗していないか調べるのは、当然のことだ。

 議会における弾劾は司法によるものでなく、政治の戦いだ。

 民主党が多数を占める下院で弾劾が成立しても、定員100人の上院の3分の2を必要とする。上院は共和党が多数を握っており、すでに50人の共和党議員が弾劾に反対する共同署名をしている。

 民主党は、トランプ政権が発足すると、トランプ陣営がロシアと共謀して、大統領選挙に介入させたという「ロシアゲート」を、3年にわたって、切り札として揺さぶった。このために2500万ドル(約27億円)の公費を使ったが、何も確証がでなかった。

 「ウクライナゲート」も、「ロシアゲート」の二の舞いになろう。

 かえって「ウクライナゲート」は、民主党の足を引っ張る。本命とみられてきたバイデン前副大統領を、父子で共謀した疑惑によって、傷つける。それに、76歳になるバイデン前副大統領は、健康に不安がある。

 民主党はどうして線香花火に終わる「ウクライナゲート」ではなく、2年前の中間選挙で下院で勝利をもたらした、健康保険、所得格差などを前面にださないのか。

 2月から民主党の大統領候補を決める、州予備選挙が始まる。

 議会における「ウクライナゲート」の審議が長が引くと、バイデン前副大統領を本命として入れ替わる可能性が高いとみられる、70歳のエリザベス・ウォーレン上院議員をはじめとして、大統領候補レースに加わっている議員が、予備選挙を留守にせざるをえない。

 民主党のなかでは悲観論がひろがって、ヒラリー・クリントン夫人とか、ミシェル・オバマ前大統領夫人を担ごうといった声まで、でている。

 このままゆくと、ウォーレン議員が最有力とみられる。

 ウォーレン議員は、ウォール街に密着して金粉塗(まみ)れだった、ヒラリー夫人と対照的だ。

 ウォーレン議員は、富裕税を設けよう、大企業を分割、国民皆健康保険を導入せよ、最低賃金を引き上げるなど、“アメリカ資本主義”を抜本的につくり変えることを、公約している。左寄りすぎて、英語で「絵に描いた餅」を、「空に浮んだパイ(菓子)」というが、トランプ大統領に対して勝てまい。

 アメリカ経済は、8月までの四半期に1・9%成長、失業率が5・9%(オバマ時代は10%を超えていた)と、好調だ。

 民主党は日本の野党に似て、揚げ足取りに熱中している。

 選挙は水物といわれ、一寸先は闇だが、トランプ再選は間違いないと思う。


  国民の国家意識の欠落こそがわが国の危機である
    Date : 2019/12/03 (Tue)
 皇居で行われた『即位礼正殿の儀』の式典は、平安時代の絵巻が再現されたように、美しかった。

 全国民が天皇を戴く日本の歴史を目(ま)の当たりにして、日本の古い国柄にあらためて誇りをいだいたと思う。

 即位礼の前日に、私は数土文夫前東京電力会長と、月刊誌『致知』の求めによって「日本は何をなすべきか」というテーマで、新年号の対談を行った。

 数土前会長は、福島原発事故後に東電会長に就任される前は、日本を代表する製鉄会社であるJFEの社長、会長をつとめられたが、漢籍と日本の精神史に造詣が深い経営者として、多くの心ある人々から慕われている。

 対談が始まると、国民が国家意識を欠いていることが、いま、日本が直面しているもっとも大きな危機だと、意見が一致した。

 今日の日本は、日本を取り巻く国際環境が厳しさを増しているというのに、国家としての自立心が希薄なために、日本の平和と繁栄を持続できるか、深い不安に駆られる。

 憲法を急いで改めねばならないが、多くの国民が「憲法改正よりも台風被害からの復興が先だ」とか、「福祉を優先すべきだ」「保育所をつくるほうが先きだ」と思っている。

 まったく次元が違った、筋違いな議論だ。

 現行の日本国憲法は日本の安全と生存を、一方的にアメリカに依存しているが、外国であるアメリカがどのような状態のもとでも、日本を守ってくれる保障はない。

 現行憲法は日本の自立を妨げており、国家の存亡をアメリカに委ねているから、アメリカへの「甘えの憲法」でしかない。

 だが、いつまでアメリカに甘えていられるものだろうか。日本が自立しなければ、日本が危ふい。

 甘えは、幼な児が行うことだ。日本は揺り籠から一刻も早く出て、おとなの国にならなければならない。

 護憲派は保育所で無心な時を過している、幼児の集まりのようだ。

 護憲派やマスコミが、現行憲法を「平和憲法」と呼んでいるが、日本を幼な児にとどめようとする玩具(おもちゃ)なのだ。

 現行憲法は独立国の憲法とは、とうてい、いえない。

 占領下で、この憲法を書いたアメリカ人のなかに、日本語を自由に読み書きできる者が、一人もいなかった。

 古代から育まれてきた日本の国柄を、理解していた者が、一人もいなかった。

 このような外国人が集まって書いたのだから、日本の大黒柱である憲法を起草することが、できたはずがない。

 このような憲法では、国民の愛国心が涌くはずがない。

 国家意識が希薄になっているのは、日本にふさわしくない憲法を戴いてきたためだ。

 国家意識が欠落しているから、憲法を大切にすることがない。

 そのために、戦後今日に至るまで、憲法を改めることができないでいる。

 国民に日本が国家であるという覚悟がないから、国民が憲法に真剣な関心をいだくことがない。

 もし、国民に健全な国家意識があるとすれば、日本が講和条約によって独立を回復してから、国家の基本法である憲法を、当然、改めていたことだろう。


  無防備でお人好しのままでは日本の独立と安全は守れない
    Date : 2019/11/06 (Wed)
 「オレオレ詐欺」をはじめとして、電話を使って高齢者を騙す詐欺が、あとを絶たない。

 あれほどテレビが注意を促しているというのに、詐欺犯から電話がかかると、警戒心をいだくことがなく、罠にはまってしまう。

 これは日本が諸外国と異なって、人々が信用しあう“和の社会”であって、人に対する性善説をとっているからだ。

 日本は人口が1億2000万人もあるのに、国民が同質だと信じている国は、他にない。

 日本のように外国について、性善説をとっている国も、他にない。

 私は外国を訪れるたびに、「子供を学校に送り出す時に、何といいますか?」と、たずねることにしていた。日本では「みんなと仲良くしましょうね」という。

 中国では「騙されないようにね!」といって送りだすという答えが、多かった。

 ちなみに韓国では「一番になれ!」「負けないで!」と、励ますという。韓国は食うか食われるかの、熾烈(しれつ)な競争社会なのだ。

 アメリカが日本に強要した日本国憲法は、日本国民によって“平和憲法”といまでも呼ばれているが、前文で「平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して」「安全と生存を保持」すると、うたっている。

 護憲派の人々は、詐欺の犠牲となる無防備な高齢者に、よく似ている。

 かかってくる電話がすべて善意によるのだと、疑うことがない。よい人たちだ。

 日本は、中国、北朝鮮、ロシア、韓国のすぐ隣にあるから環境が厳しい。

 残念なことだが、人食い虎、狼、ヒグマ、狐によって、囲まれているようなものだ。油断してはなるまい。

 これらの国々に対して、お人好しの高齢者のような性善説をとっていても、よいものだろうか?

 いったい、憲法は何のために存在しているのだろうか?

 公益のためだ。日本の独立と安全を守るのが、公益である。

 まさか、日本国民が憲法を守るために、存在しているのではあるまい。

 日本が性悪な国々によって囲まれているとしたら、現行憲法によって日本国民の独立と安全を守ることができないことを、覚るべきである。

 それとも、“平和憲法”は気休めのためにあるのだろうか。

 護憲派の人々が、どのような場合にも、アメリカが守ってくれるはずだから、心配することがないと信じているとすれば、アメリカに甘えすぎている。

 もちろん、アメリカは日本を自国だと思っていない。

 アメリカには、その時その時のアメリカの都合があるはずだ。

 外国であるアメリカに、すべてを預けてよいものだろうか?

 “平和憲法”を守らなければならないという主張は、アメリカが日本をどのような場合にも、守ってくれることを前提にしている。

 「平和憲法」というより、「甘えの憲法」ではないのだろうか? だが、国際社会ではこのような甘えは通用しない。

 もし護憲派の人々が、国防が戦争を招くと信じているとすれば、消防車が火事を招くことになるし、堤防があるから川が氾濫するというのとかわらない。


  人類史で不平不満がはじめて権利となった
    Date : 2019/11/05 (Tue)
 私たち日本国民は、韓国で歴代の政権が反日感情を煽ってきたのに、困惑しきっている。

 韓国政府や、アメリカ、オーストラリア、カナダなどに移住した韓国人が、旧日本軍の慰安婦が「性奴隷(セックス・スレイブ)」だったと主張して、世界各所に“慰安婦像”を建ててきたために、日本が非人道的な国だとひろく信じられるようになっている。

 韓国のこの誹謗に対して、日本政府や、民間による反論が、不十分なのかもしれない。

 河野洋平官房長官が慰安婦について故(ゆえ)なく謝罪し、日本を代表する(と信じられている)朝日新聞が、娘たちを拉致して慰安婦となることを強いたという、捏造した報道を繰り返したとしても、どうして慰安婦が「性奴隷」だったという嘘が、世界に受けいれられるようになったのだろうか?

 「反日」の日本人による「性奴隷」という造語が、人々のみだらな好奇心をそそったのは間違いない。

 慰安婦が「性奴隷」だったという韓国の訴えが、世界にひろまったのは、今世紀に入ってから先進国において不平不満が権利だとみなされて、社会を動かすようになったからだろう。

 人類は長い歳月にわたって、与えられた境遇に耐えたものだった。

 ところが、テクノロジーの恩恵によって、豊かさが爆発したように増したことによって、個人に何よりも高い価値が与えられ、人々が放縦で我儘になった。

 そのために、人類の歴史ではじめて不平不満が権利として、認められるようになっている。

 個人が王座についた

 都会に住んでいると、誰もがかつての王侯貴族のような生活を営んでいる。

 贅を極めているのに、贅に耽っているのに気付かないが、これほどの贅沢はない。

 スマホを使って、世界中の料理が自宅まで届く。タクシーを拾って、行き先をいえばよい。指先一つで、家電を動かせる。

 テレビによって、居間でバラエティー・ニュース・ショーをはじめとする芸能(おわらい)番組を楽しめる。

 あらゆるサービスが、身の回りにある。サービスserviceの語源は、ヨーロッパ諸語のもとのラテン語で、奴隷を意味するセルヴスservusだ。

今日、先進国に住む人々は、大勢の奴隷にかしづかれているのだ。それなのに、不満でいっぱいだ。豊かさと便利さが増すにしたがって、人々の不平不満が増してきた。

 80年代が終わるまでは製造業が世界を制していたが、金融業によって代られ、今世紀に入ってネットが普及したために、すべて個人の嗜好に迎合するようになっている。産業革命は大量消費時代をもたらし、ネット革命は個人を主役にした。

 権利の概念が一変した

 そのなかで、人々が際限ない欲望を満たす権利が与えられている、と思い込まされて、権利という概念が一変した。

 10年ほど前から、アメリカで始まった女性たちによる「ミー・トゥ #MeToo運動」が、そうだ。10年か、15年前にレイプされたと名乗り出ることによって、有力者がつぎつぎ社会的地位を奪われている。

 レズビアン、バイセクシュアル、ゲイ、トランスセクシュアル、クイア(変態)が差別を蒙ってきたから、社会的な権利を主張している。

 LGBTQ運動も、最近になって出現したものだ。アメリカ、イギリス、ヨーロッパでは、新聞やテレビがLGBTQIと、Iインターセクシュアルを加えている。

 個人が崇められる時代だ。個人は多様であるから、性的な嗜好までが細分化されるようになっている。

 「差別語」を排斥するのも、“差別”によって被害を蒙ってきたという人々の地位を、向上させるものとされる。

 アメリカでは、リベラルなオバマ政権のもとで、ミスター、ミセス、ミスの呼称が男女差別に当たるから、「ミックスMX」と呼ぶように求められたし、「メリー・クリスマス」「クリスマス・ツリー」は、キリスト教徒以外の者を差別するから、「ハッピー・ホリデイズ」「ホリデイ・ツリー」と呼ばねばならなかった。

 オバマ政権の最後の年には、大統領令によって、自分が信じる性によって男女どちらの便所を使ってもよいこととなった。トランプ政権になって撤回されたが、リベラルなカリフォルニア州などでは、「ジェンダー・フリー」(性差別なし)といって、便所に男女の区別がない。

 不平不満が伝統社会を解体する

 この8月には、サンフランシスコ市議会が条例によって「マンホール」のマンが女性を差別するといって、「メインテナンス・ホール」と、呼ぶことを定めた。

 日本でも言葉狩りが猖獗をきわめ、女と帚が組み合わされているから差別だといって、婦人警察官、婦人自衛官が、女性警察官、女性自衛官に改められるなど、言葉の破壊が進んでいる。それなのに、厚労省が「妊婦」「産婦人科」という言葉を使っている。どちらかにしてほしい。

 女権活動家が、妬む、妨げる、妖(あや)しい、嫌、姦、奴、奸などの字が差別になるから廃止すべきだと、要求している。

 男女は体も、精神構造も違っているのに、差別することになるから「男らしい」とか、「女らしい」といってはならない。男女を区別すると、差別とみなされる。

 アントニオ・グラムシ(1891年〜1937年)といえば、イタリア共産党の思想家だったが、グラムシの著書は1960、70年代の全共闘世代の左翼のバイブルだった。

 グラムシは共産主義者だが、階級闘争によって歴史の必然として革命が成就して、共産社会が実現するというマルクスの理論を否定して、先進国において豊かさが増してゆく結果、社会集団が解体して、革命への自覚を欠き、組織されることがない一般の人々に移ることによって、国家が消滅してゆくと説いた。

 グラムシはネオマルキシストと呼ばれているが、在来文化の鎖によって縛られてきた社会集団が、個人に高い価値が与えられることによって、解体してゆくと予見した。

 巨大な不平不満産業の登場

 日本でも、不平不満によって、社会を統べてきた慣習が力を失いつつある。

 「セクハラ」「パワハラ」「人種差別」「男女差別」「過ぎ去った歴史」から、「気候変動」まで、不平不満の種でいっぱいだ。

 私は地球温暖化が、人間の活動によってもたらされていると、信じない。

 気象変動は地球を見舞ってきた、自然のサイクルによってもたらされている。

 二酸化炭素(CO2)が目の敵(かたき)にされているが、CO2が増えれば、かえって緑化が進むことによって、作物の増収がもたらされる。

 マスコミが北極の白クマの数が激減しているとか、北極の氷が急速に溶けていると、報道している。テレビが気の毒な白熊の映像を放映して、人々の同情をそそっている。

 事実は、白クマの個体数は増えており、体重も増している。北極の氷も科学的なデータによって増えていることが、証明されている。

 そのために、クリントン政権のアルバート・ゴア元副大統領をはじめとする、地球温暖化に反対する闘士たちが、白クマや、北極の氷を、温暖化の例として用いなくなった。

 ところが、気候変動をはじめとして、人々の不平不満を煽ることによって、マスコミや各種団体が、巨額の金儲けをしている。

 この裏では、仏教や、キリスト教などが説く、世界の恐ろしい終末観が手助けをしていよう。

 不平不満が権利となったために、不平不満が巨大な産業となっている。不平不満が人々を元気づける。かつてなかった現象だ。

 韓国が、旧日本軍の慰安婦が「性奴隷」だったと言いふらして、成功しているのは、このような背景があるからだ。


  日本人の精神を破壊する憲法は改めなければならない
    Date : 2019/10/11 (Fri)
 建設会社を経営されている赤塚高仁氏から、『日本よ、永遠なれ』(きれい・ねっと社、令和元年)という新著を贈られて、読み終わったが、強い衝撃を受けた。

 15歳になる令嬢がカリフォルニアに留学したところ、アメリカのクラスメートから「日本という国は、いつできたの? 誰がつくったの?」と質問されて、答えられなかったというのだ。アメリカはジョージ・ワシントンがつくったが、日本という国がいつ誰が建国したのか、わからなかったのだ。

 私は客員教授として大学で講義の後に、学生とコーヒーを飲むことがあるが、何人かの男女の学生にたずねたら全員が答えに窮した。

 どうして日本の若者は、自国の歴史を知らないのだろうか?

 占領軍が定めた日本国憲法は、第20条で「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」と定めており、憲法の「政教分離」原則に違反するからといって、歴史教科書に日本の建国の由来である神話をのせることを禁じているためだ。

 この結果、日本国民は根なし草になっている。

 現行憲法を押しつけたアメリカの本家でも、憲法が政教分離を規定しているが、アメリカのドル札には「ウィ・トラスト・イン・ゴッド・われらは(キリスト教の)神を信じる」と刷り込まれているし、大統領就任式では聖書に手を置いて宣誓し、議会で本会議、委員会が開催される時に、議会専属の牧師が祈りを捧げてから始まる。
 
 アメリカでの政教分離はキリスト教の特定の教派を、国民に強いてはならないものだ。

 アメリカ占領軍が日本国憲法に特有の政教分離を強要したのは、日本をキリスト教国につくりかえたかったからだった。

 もし、日本がフィリピンのようなキリスト教国だったとしたら、今日の日本のような政教分離が行われることがなかった。

 神仏を排除するために、政府や地方自治体の行事を、無宗教、無神論によって行うことを強いたのだった。

 アメリカはいうまでもなく、旧ソ連や、中国や、北朝鮮のような無神論にもとづく国ではない。アメリカではキリスト教が社会儀礼となっており、習俗であるから、国や自治体の儀式にキリスト教を用いている。

 日本で国や自治体が宗教を否定して、唯物論を宣伝するのは、由々(ゆゆ)しいことだ。由々しいは忌忌(ゆゆ)しいとも書くが、忌(い)むべきことを意味している。

 日本では祖霊や神仏を崇めるのは、伝統的な社会儀礼であり、習俗に当たるものであって、無宗教によって宗教を排斥するのは、日本人の精神を破壊するものだ。

 日本神話は時間・空間を超えて、日本という国をつくってきた。今日、私たちが126代目の天皇をいただいているのは、この国が日本神話から発しているからである。

 もちろん、日本神話は科学によって立証できない。

 唯物的な科学よりも、心が重要であることはいうまでもない。日本を心を否定する、科学万能の社会にしてはなるまい。

 人間にとってもっとも大切なのは、先祖から受け継いできた心ではないだろうか。

 やはり憲法を日本人の手で、日本の心にふさわしい基本法に改めなければ、この国が亡びてしまおう。


  世界から見た皇室――令和の御大典を寿ぎて
    Date : 2019/09/20 (Fri)
 私は昭和天皇が崩御されて、殯宮伺候(ひんきゅうしこう)の1人としてお招きをうけたほかに、何回か新宮殿にあがったことがある。

 私はそのたびに、ヨーロッパの絢襴豪華な宮殿や、歴代の中国の皇帝が住んだ北京の故宮と較べて、日本の皇居は何と違うのかと痛感する。

 新宮殿のなかには金銀に輝く装飾や、人々を威圧する財宝が一つもない。神社の雰囲気が漂っている。

 皇居の杜に囲まれた宮殿の建築様式は、日本に上代から伝わる高床式で、屋根に千木が組まれている。

 天皇陛下がおわされるところに、まことにふさわしい。日本の国柄が表れている。天皇が権力者ではなく、千古を通じて日本を精神的に束ねてこられたことを、感じさせられる。

 私が親しくしてきた外国の元首も、大使たちも皇居を訪れると、異口同音に諸外国の宮殿とまったく異った空間であることに驚いたと、語っている。

 天皇に拝謁した外国人は口を揃えたように、陛下が世界でもっとも謙虚な人であられると述べている。歴代の天皇は「私」をお持ちになることがなく、日本だけでなく、全世界の平和を真撃に祈ってこられたからだ。

 私はアメリカの未来予測の大御所といわれた、ハーマン・カーン博士(1922年〜83年)と親しかった。ハドソン研究所の創設者だったが、著書『超大国日本の挑戦』によって知られていた。博士が来日した時に、高松宮宣仁親王殿下の高輪の御殿にお連れして、御紹介したことがあった。

 その時に、殿下が兄宮に当たられる昭和天皇について、「私たちはせいぜい百年前後しか考えないが、(昭和天皇は)つねに、これまでの2000年と、これからの2000年の時間によって、お考えになられている」と仰言ったので、饒舌な博士がしばらく黙ってしまった。

 外国人識者による日本論といえば、イギリスの大記者だったヘッセル・ティルトマン氏(1897年〜1976年)を忘れることができない。戦前、イギリスの名門日刊紙『ザ・ガーディアン』東京特派員として来日し、戦後、日本に戻って吉田茂首相の親友として知られたが、在京の外国特派員協会会長もつとめた。

 私は当時からアメリカの新聞に寄稿していたが、26歳の時にティルトマン記者の知遇をえて、戦前と占領下の日本における体験をきくうちに、目を開かれることが多かったので、新潮社に話して同氏の回想録を『週刊新潮』に、昭和40年に36週にわたって連載した。

 このなかで、ティルトマン氏は満州国を絶賛するなど、日本の行動を擁護している。 

 そして、日本が建国以来国柄を変えることなく守ってきたことを、「日本は2600年古い国ではない。2600年も新しい国だ」(『日本報道三十年』、平成28年に 祥伝社が復刊)と述べている。

 ティルトマン氏は私に「日本は古い、古い国であるのに、外国と違って廃墟となった遺跡が一つもないのは珍しい。皇室が万世一系で続いているのを説明しています」といって、伊勢神宮など多くの神宮や神社が20年あまりの周期で、式年遷宮―昔の姿のまま忠実に造営されていることをあげた。

 私はギリシアのアテネで古代アクロポリスの丘にたつパルテノン神殿を訪れたことがあるが、今日のギリシアのありかたとまったく無縁である。

 私は『源氏物語』や、川端康成文学の名訳者として知られた、エドワード・サイデンステッカー教授(1921年〜2007年)とも親しく、上野池の端で催されたお別れの会で献杯の言葉をのべたが、口癖のように「わたしは明治翻訳語の『指導者』という言葉が、大嫌いです。日本は和の国です。最高神の天照御大神も権威であっても、権力はなかった」と嘆いていた。

 日本では、神代のころから合議制の「和」の国だったから、英語のリーダー、ドイツ語のフューラーに当たる言葉が存在しなかった。

 日本の浮世絵を中心としたジャポニズムが、幕末から明治にかけて、西洋の絵画、庭園、建築、服飾などに深奥な影響を及ぼしたが、視覚的なものにとどまった。

 いま、日本の万物に霊(アニマ)が宿っているアニメや、日本発のエモジ、自然と一体の和食から、人と自然が平等だというエコロジーまで、かつてのジャポニズムをはるかに大きく超える、日本の心の高波が世界を洗っている。

 ヨーロッパ、アメリカでは、エコロジーが新しい信仰となって、一神教を置き換えつつある。日本の和の心がひろまることによって、抗争に明け暮れる人類を救うこととなろう。

 日本文化への共感が増すなかで、天皇の御存在に対する理解が、いっそう深まることとなってゆこう。


  ホルムズ海峡における日本の立場と平和憲法
    Date : 2019/09/09 (Mon)
 イランと北朝鮮が、中東とアジアの発火点となるか、世界の注目を集めている。

 両国は大きく離れているが、共通点が多い。

 イランは核兵器開発に取り組んできたかたわら、北朝鮮はすでに核弾頭を手にしているが、アメリカのトランプ政権が中心となって、核開発、あるいは核兵器を放棄するように、国際社会を捲き込んだ、厳しい経済制裁によって締めつけられて喘いでいる。

 中国、ロシア、ヨーロッパ諸国も、アメリカの制裁を恐れて、イランと北朝鮮に対する経済制裁に加わらざるをえない。

 もちろん、イランはキムチを食べないとか、イスラム教の厳しい戒律によって飲酒を禁じているとか、違いも多い。

 イランは、地理が有利だ。日本の石油・天然ガスの80%以上、ヨーロッパ諸国にとってもエネルギーの大動脈が通っている、ペルシア湾の幅37キロの狭い出入り口であるホルムズ海峡が、イランに面している。イランはイスラム教主流のスンニー派と、不俱戴天の二大宗派の一方であるシーア派の総本家で、アメリカ、イスラエルが支援するスンニー派の多くの諸国で、イラン革命防衛隊や、代理兵を使って、紛争をひき起しているが、北朝鮮は地域的な影響力がない。

 イランも、北朝鮮も、アメリカによる経済制裁を何とか緩和させようとして、駄々をこねている。イランは6月にアメリカの無人偵察機を撃墜し、革命防衛隊がホルムズ海峡周辺で、日本、イギリス、ノルウェーなどのタンカーを攻撃、拿捕(だほ)し、ウラン濃縮の度合いを高めた。北朝鮮は5月、7月に短距離ミサイルを発射し、年内に合意できなければ、アメリカともう話し合わないと脅している。

 トランプ大統領も、口では勇ましいことをいっても、戦いたくない。イランがアメリカの無人偵察機を撃墜すると、トランプ大統領はいったんイランに限定的攻撃を加えるように命じたものの、その直後に取り消した。

 イランを攻撃すれば、中東全域にわたってイランの代理兵が、米軍を攻撃することになったろう。

 トランプ大統領はアフガニスタン、イラク、シリアから、米軍を撤収することを発表しているものの、実現できないでいる。トランプ大統領は米軍を海外から引き揚げたことを、レガシーとしたい。だが、7月にサウジアラビアに小規模の米軍部隊が、派遣された。

 ペルシア湾の状況は、一触即発だ。

 トランプ大統領はこれまで3回にわたった米朝首脳会談が、北朝鮮の核実験と、中長距離弾道弾の発射を中断させてきたほかに、何一つ成果をあげず、すれ違いに終わったのにもかかわらず、話し合いを続けるといい、金正恩国家主席に対して微笑み続けている。

 だが、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師と差しで、友好的に会談しようとしない。アメリカは核開発と並んで、イランが中東全域にわたって安定を乱しているのを阻止しようとしているが、イランは北朝鮮と同じ強権による独裁国家なのに、ハメネイ師が金主席のような唯一人の独裁者ではなく、僧侶勢力、革命防衛隊など、八岐大蛇(やまたのおろち)のような集団指導体制にあるからだ。

 だが、アメリカはイランの核開発と、北朝鮮の核兵器を放棄させることに、成功するだろうか。核開発と核戦力の増強を先送りできても、放棄させることはできないだろう。

 トランプ政権は、ホルムズ海峡の自由航行を確保するために、ペルシア湾にエネルギーを依存している諸国が有志連合を結成して、海軍部隊を派遣することを求めている。日本はホルムズ海峡に対して、依存度がどの国より高い。

 “平和憲法”を楯にして、アメリカにホルムズ海峡において日本のタンカーを護るのを委ねるべきだというのなら、京都アニメーションのような火災も、アメリカの消防隊に消してもらったらよいだろう。


  平和憲法の「平和」という言葉の危うさ
    Date : 2019/09/02 (Mon)
 青年時代に、私は鶴田浩二や、高倉健の任侠映画を楽しんだ。人気が高かったから、つぎつぎと続篇がつくられた。

 任侠といえば、弱きをたすけ、悪――強きをくじくという意味だが、主人公が男気に富んだ役を演じて、勧善懲悪の物語となっていたから、爽快感があった。

 座敷か、洋間の組の本部には、組長が座る背後に、かならず『誠』とか『仁義』とか揮毫された掛軸がかかっていた。任侠映画によって暴力団に憧れた若者も、いたことだろう。

 もっとも、暴力団はこのところは、警察の取締りが厳しくなって、「反社会勢力」と呼ばれるようになり、目を背けたくなる暗いイメージを持っている。暴力団を美化する任侠映画を、つくられなくなった。

 任侠という美名をかたりながら、弱い飲食店や、商店から、他の暴力団から保護するといって、“見ヶ〆料(みかじめりょう)”を強要したり、不法な賭博、高利貸し、麻薬売買などを行ってきた。

 しかし『誠』とか、『仁』『義』と書かれた掛軸の字には、不思議な力が宿っているから、それだけで人を説き伏せてしまう力が籠(こも)っている。

 だが、さまざまな悪事を働いている団体に、『誠』とか、『仁』『義』といった言葉は、まったく似つかわしくないものだ。

 ちょっと立ち停まって考えれば、現行憲法は「平和憲法」と呼ばれているが、この言葉も同じことではないだろうか。
暴力団の本部の床の間にかかっている、掛軸の「仁」とか、「義」という言葉によく似ている。

 「平和」は美しい言葉だ。だが「平和」という誰もが反対できない言葉の裏で、日本の安全を危うくする力が働いている現実から、目をふさがれているのではないか。

 日本には神代――古代から、言葉そのものに霊力が宿っているという信仰が、存在してきた。言葉を発すると、その言葉に合わせて現実が変わるというものであり、今日でも日本では言葉に超自然的な力がこもっている。

 英語をはじめとするヨーロッパ諸語であれば、「シンシアリティーSincerity」(誠)とか、「ジャスティスJustice」(義)という単語を額装して掛けたとしても、見る人が「『まこと』といっても、いったい何を意味しているのか? 何が『まこと』なのか?」「何が『正義』なのか?」と、その内容についていぶかることだろう。

 日本では「験(げん)」(縁起)を担いで、不吉な言葉を発することを慎む。もし家族に受験生がいたとしたら、「落ちる」という言葉を使うことを避ける。私たちは日常、意識しないで験(げん)を担いでいる。「開く」といえば始まることだが、宴会が終わる時には「これでお開きとします」という。

 いまから74年前の敗戦までは、「無敵日本」「無敵海軍」とか、「神州不滅」という言葉が、罷り通っていた。
 験(げん)を担いで、全滅は「玉砕」、退却は「転進」と呼び替えられた。軍部は戦争末期に、本土決戦を戦うといって、「一億総特攻」を呼号したが、昭和天皇の終戦の御聖断によって、亡国を免れることができた。

 口先だけのことなのに、言葉は景気づけにも使われるから、警戒しなければならない。

 「平和憲法」の平和という言葉を鵜呑(うの)みにして、騙されてはなるまい。「一億総特攻」を繰り返すことになりかねない。


  亡父の薫陶
    Date : 2019/08/30 (Fri)
 私は幼いころから、父から「女と動物を苛めてはならない」と教えられて、育った。

 もう一つ、小学校に進むようになってから、正座して『論語』の素読をさせられた。父が同じ歳のころに、祖父から強いられたことだった。

 私が漢籍から引用できるようになったのと、女性と動物を大切にするようになったのは、この2つの躾によるもので、感謝している。

 父は私が高校生のころから、馴染みの座敷に連れていってくれて、芸妓の伽羅の香りや、絃歌の世界を知った。私は父の秘密を共有するようになったから、父をいっそう好きになったし、母を大切にするようになった。

 父は人が羨むほど夫婦仲がよかったし、犬と猫を可愛がった。母が逝ってからは、純白の雌のペルシア猫を溺愛した。

 それでも、生物のなかで、ペットが存在するのは人間だけだが、なぜなのだろうか。

 動物はいつも本心だけで、嘘をつかない。そこで私たちの心が和み、癒されるからだろう。

 父がある時、愛犬の頭を撫でながら、「もし、人間に尻尾があったら、この世から騙し合いがなくなることだろう」といった。私は人間は進化が遅れているから、まだ尻尾がはえていないにちがいないと、思った。

 植物も、嘘をつかない。だから森のなかを散歩すると、爽快になる。人は自分を偽って生きなければならないから、疲れる。

 女性に出会うとおだてるのは、父譲りである。女性のほうが男性よりも強いから、諍わないほうがよい。

 科学的にいって、女性と言い争ったら、男に勝ち目はない。女性の声の高さは200から300ヘルツであるのに対して、男性は100から150ヘルツしかない。100ヘルツは声帯が1秒間に、100回震動しているのをいう。

 女性は男性よりエネルギーに溢れているから、際限なく喋ることができるが、男性はすぐに畏縮してしまう。「君子危キニ近カヨラズ」と、中国の聖賢が宣うているではないか。

 男が女性に甘えるのは、弱いからだ。女性は男性より強いから、耐える。男性は合理的だから、女性に負ける。女性はその証拠に占いを信じるが、占いの語源は「うらづけがない」というものだ。

 明治の日本を創った賢人の福沢諭吉先生が、「無力な道理は、有力な無道理に勝てず」と諭しておられる。


  少子化対策ではなく人口政策の確立を
    Date : 2019/08/26 (Mon)
 多くの識者が少子化によって、日本が衰退してゆくことを憂いている。

 これまでは年間出生数が200万人台だったのが、90万人台を割ってしまうことになるとみられる。

 この30年ほどか、日本の都会に住んでいると、誰もがかつての王侯貴族のような生活を営んでいる。

 贅を極めているのに、贅に耽っているのに気付かないほどの贅沢はない。スマホを使って世界中の料理が、自宅に届く。タクシーを拾って、運転手に行き先をいえばよい。
指先1つで家電を動かせる。テレビによって、バラエティー・ニュース・ショーをはじめ、居間で滑稽劇(おわらいげき)を楽しむことができる。

 身の回りに、あらゆるサービスがある。サービスserviceの語源は、ヨーロッパ諸語のもとのラテン語で、「奴隷」を意味する「セルヴスservus」だ。大勢の奴隷にかしづかれているのだ。

 それなのに、国民が不満でいっぱいだ。狂言『節分』に「えっ、この罰当りめが」という台詞(せりふ)があるが、これほど恵まれた生活をしているのに、そう思わない。

 亡国を免れるためには、子を産む女性や、子育てを望む若い夫婦に、国が補助金を支給すべきだ、金(かね)をぶつければ出生率があがると、説く人々がいる。だが、私は社会が豊かになるにしたがって、出生率が減ってきたのに、金(かね)で解決できるというのは理解できない。経済成長による物質的な豊かさこそが、少子化の惨状をもたらしたのではないか。

 スウェーデンや、フランスが子を産むシングル・マザーや、夫婦に、児童手当や、住宅、教育費など給付を増やすことによって、出生率が向上したと喧伝されるが、その後、出生率が低下している。

 いまでは工業ロボットやAIが、私たちの生活を支えている。テクノロジーが私たちの生活を、大きく変えている。

 このところ先進諸国は、どの国も「人手不足」の悲鳴をあげている。アメリカでは失業率が半世紀ぶりに、3・6%まで落ちている。イギリス、ドイツ、フランスなどの諸国でも、求人難が深刻だ。日本でも10年前の平成11年に失業率が5・09%だったのが、2・4%まで落ちている。技術革命によるもので、政府の施策がもたらしたものでない。

 ハイ・テクノロジーと金(かね)と数字が、私たちを支配するようになっている。金(かね)は空腹などその場を凌(しの)ぐために、使われる。人と人との絆が金(かね)によって結ばれているから、短時間で使い捨てにされる。男女の結びつきも例外ではない。

 テクノロジーも数字も、理によってつくられているから、心も情もない。

 だが、心は生きているから、金(かね)とテクノロジーと数字だけになると、家族も、家族的経営も崩壊して、人々が神経症を患って、子殺しや親殺しに走る者が急増する。

 私は「少子化対策」という言葉が気に入らない。なぜ、「人口政策」といわないのか。

 対米戦争が始まった昭和16(1941)年に、政府が国の将来を想い量って「人口政策確立要綱」を決定した。戦後、日本が国であるべきでないと信じるようになったために、かつての「産めよ増やせよ」という言葉を連想させるといって、「人口政策」という言葉が抹消されたためだ。

 私は平成6(1994)年に、厚生省(現厚労省)が「少子化」対策として、子育て支援などの「エンゼルプラン」を発表した時に、意味不明な「エンゼル」という言葉を使ったのに、憤ったのを覚えている。英語の天使「エンジェル」だったのか。外国に魂を売った小(こ)っ端(ぱ)役人が造語したにちがいない。

 数年前に、友人と小料理屋で浅酌した時に、友人が「手鍋提げても」といったところ、若い女子従業員が「手鍋って、どんな料理ですが?」と質問したので、呆れたことがあった。もちろん、好きな男と夫婦になれるなら、どんな貧困もいとわないという意味だ。

 政府が1990年代に“フェミニズム運動”を煽って、「男女共同参画社会」を推進したことも、少子化を悪化させた。女性は家庭を築くことが何より大切な役割であるのに、家族を否定することをはかったものだった。

 あわせて軽佻浮薄な言葉狩りが進められて、「婦」は女性が帚をかかえているから差別だといって、警察庁が「婦人警察官」を「女性警察官」、防衛省が「婦人自衛官」を「女性自衛官」と改称した。

 私は母親が座敷や、家の前の路地を掃くのを見て、帚が母の心の延長だと信じていたから、母が冒涜されたと思った。
私は松下政経塾の役員を永年勤めたから、そういうべきではないが、家電製品はすべて心を省くものだ。

 警察や、自衛隊では「婦道、婦徳」という言葉を使うことを、禁じているにちがいない。だが、いまでも「妊婦」という言葉が使われている。どちらかにしてほしい。「家族」もウ冠の下に豕(ぶた)と書くから、差別語ではないか。

 女性の高学歴化が結婚年齢を引き上げ、子供の教育費がかかりすぎることが、子を産む意欲を減退させているという。
学歴崇拝が日本を滅ぼす。高収入を望んで、自分をひたすら他に委ねて、合わせる受験戦争が、幼稚園から就職まで続く。

 二宮尊徳、伊能忠敬、渋沢栄一の3人をあげれば、農家の子だったから、最終学歴は寺子屋の4年ばかりだが、まず自分で自分を創ったうえで、日本を創った。虚ろな教育に国費を浪費するべきでない。

 個人が何よりも尊重される。だが、「個人」という醜い言葉は、明治に入るまで日本語のなかに存在しなかった明治翻訳語だ。私たちは人と人との絆のなかで、生きてきた。

 どうしたら、少子化を防ぐことができるのだろうか。

 愛国心を鼓吹するほかない。


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