加瀬英明のコラム
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  兇獣が跋扈する国際社会の闇
    Date : 2018/12/10 (Mon)
 トルコのサウジアラビア総領事館を訪れた、アメリカに亡命中だったサウジアラビアの反体制ジャーナリストのジャミル・カショギ氏が、本国から派遣された情報機関のチームによって、館内で惨殺された。

 日本のテレビのワイドショーによって、連日、大きく取りあげられた。

 トルコの新聞によって、カショギ氏が総領事館内で殺害されたと報じられてから、アメリカのポンペイオ国務長官が、カショギ氏殺害の疑いをめぐって、サウジアラビアに急いで飛んで、実権を握っている33歳のモハマド・ビン・サルマン皇太子と会見した。

 この時のポンペイオ長官とサルマン皇太子の写真を見ると、2人とも微笑んでいる。

 トランプ政権は、カショギ氏惨殺が事実であっても、サウジアラビアが中東外交の重要な駒であり、武器輸出の大切な顧客であることから、大事(おおごと)にしたくないと望んでいた。

 サウジアラビア政府は殺害を隠蔽できず認めたが、政府や、皇太子の指示によるものでなく、情報機関が勝手に行ったと言い逃れている。

 読者の多くが、サウジアラビアに対してだけでなく、ポンペイオ長官が満面の笑顔をつくって、サルマン皇太子と握手を交したのを見て、不快感をいだかれただろう。

 それなら、トランプ大統領が笑顔を浮べて、北朝鮮の金正恩書記長を抱擁したのは、どうなのか。金書記長は異母兄の金正男(キムジョンナム)氏をマレーシアで、白昼、暗殺したではないか。

 トランプ大統領は、中国の習近平主席とも抱きあった。中国は新疆ウイグル自治区で100万人以上を「集団訓練所」に拘置して、多くのウイグル人を虐殺している。チベット、内モンゴルでも、戦慄(せんりつ)すべきことが起っている。

 ところが、トランプ大統領が金書記長や、習主席と親密に振る舞っている映像を見ても、強い嫌悪感に覚えることがないだろう。

 ロシアのプーチン大統領も、国外に亡命した多くの反体制派を、暗殺している。

 私たちの日常生活の感覚で、諸外国を判断してはならない。サウジアラビアは、中国、北朝鮮や、ロシアと体質が変わらない国家だ。

 世界は日本国憲法の前文で、たからかに謳(うた)っている、「公正と信義」を重んじる「平和を愛好する諸国民」によって、構成されているわけではない。国際社会は兇獣が横行するジャングルと、変わらないのだ。

 私はこれまで本誌で、今年に入ってから2回にわたって、サウジアラビアが安定を保てない可能性が高いと、警告してきた。

 サルマン皇太子は、サウジアラビアの“脱石油化”をはかって、きらめく近代国家に造り変えようとする、壮大な計画を進めてきたが、私は皇太子の改革が成功するはずがないと、予想してきた。

 カショギ氏はメディアが伝えているような、自由主義のジャーナリストではない。アル・カイーダや、ムスリム同胞団が信奉するイスラム原理主義に加担して、サウジ王家が民意を踏み躙(にじ)っていることを、亡命先のアメリカから激しく非難してきた。

 サルマン皇太子がカショギ氏を目障わりだとして、計画的に殺害したのは、人口2400万人あまりのサウジアラビアの安定がきわめて脆いことを、示している。

 皇太子が82歳で、病んでいるサルマン父王によって、罷免される可能性もあろう。これまでサルマン国王は2人の皇太子を、解任してきた。

 サウジアラビアをめぐる報道を、対岸の火災として見てはならない。日本はサウジアラビアを中心とするアラビア半島の産油諸国から、日本経済を支える石油天然ガスの80%を輸入している。アラビア半島が混乱に陥ったら、日本が大きく蹌踉(よろめ)くことになろう。

 日本のテレビの「ワイドショー」は「ショー」(英語で見世物)の言葉通り、視聴者の好奇心だけみたす娯楽番組でしかない。


  明治を創った英傑に、国を想う心を学ぼう
    Date : 2018/12/04 (Tue)
 今年は、明治維新150周年に当たるが、『日本の偉人物語 伊能忠敬 西郷隆盛 小村寿太郎』(光明思想社)という、幕末から日本を創った3人を取りあげた、良書が出版された。各家庭に1冊、常備したい本だ。

 伊能忠敬(いのうただたか)(1745年〜1818年)は農家の子で、和算(数学)、天文学、測量を学び、55歳から17年かけて全国の沿岸を測量して、精密な日本全図をのこした。

 今年は、忠敬の没200年に当たる。私は忠敬の次女しのが、千葉の銚子の隣の旭村(現旭日市)の農民・加瀬佐兵衛に嫁いだことから、忠敬の孫の孫の子である玄孫(やしゃご)に当たる。

 この春に、忠敬の没200年を記念して、都内のホールにおいて、忠敬の測量に協力した人々の子孫が70数人上京して、私たち忠敬の子孫から、感謝状を贈る式典が催された。

 忠敬は日本の近海を脅かすようになっていた、西洋諸国から日本を守るために、精密な沿岸図をつくるのに、余世を捧げた。私の父方の祖父は、私の生前に他界した。祖母のか津は、忠敬が養子となって酒造りをしていた佐原の庄屋の近くの、醤油造り家の娘だったが、私に忠敬の国を想う心を伝えた。

 忠敬の直弟子であった間宮林蔵(まみやりんぞう)も、烈々たる愛国者だった。忠敬の没後に、北方の千島列島と樺太の測量を行ない、幕末の安政2(1855)年に結ばれた露和新条約によって、国後(くなしり)、択捉(えとろふ)、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)の北方四島を、日本領として認めさせた。

 今日でも、樺太とシベリアの間の海峡が、間宮海峡と呼ばれるが、林蔵の業蹟である。日ロ間で明治5(1875)年に、千島樺太交換条約が結ばれ、千島列島がすべて日本領となったが、林蔵の力によるものである。

 西郷隆盛は、私の母方の郷里の鹿児島が生んだ、明治維新の英雄だ。西郷の大活躍はよく知られているが、西郷の右腕として尽力したのが、山岡鉄舟だった。鉄舟なしには、西郷と勝海舟による江戸無血開城はなかった。

 鉄舟は旗本の五男で、剣道の達人だったが、生涯、無私無欲で、日本の行く末だけをひたすら想った。西郷に鉄舟を評して、「命もいらぬ、名もいらぬ、金もいらぬといったような、始末に困まる人です」といわせている。西郷だからこそ、鉄舟を見込むことができたのだった。

 小村寿太郎(こむらじゅたろう)(1855年〜1911年)は、今日の宮崎県にあった、飫肥藩(おびはん)の藩士の子として生まれた、明治を代表する外交官である。

 寿太郎は小柄だったが、日本男子の気魄(きはく)にみちていた。寿太郎が育った、日南市にある『小村寿太郎記念館』に、寿太郎が日露戦争の講和条約であるポーツマス条約を調印した時に着た、フロックコートが展示されているが、七五三の少年の衣装のように小さい。

 私の自宅の近くに『振徳館』という、飫肥藩の藩校の名をとった、武道の道場があるが、毎年、新年の道場開きに招かれて、乾杯の発声を行うことになっている。居合、警視庁師範による逮捕術、陸上自衛隊員による銃剣術、空手道の演武などが、繰り広げられる。

 日本が明治維新という、世界の奇蹟を行うことができたのは、国民が国を想う燃えるような心と、武を磨いたからだった。

 日本国憲法は前文から、自虐精神によって始まっており、日本が自立することを否定している。

 幕末から明治にかけた先人たちが、この憲法を読んだら、いったい、どう思うだろうか。


  銀座の酒場の扉は真如の門
    Date : 2018/12/03 (Mon)
 この夏は世界的な気象変動のせいだろうが、ことのほかに暑かった。

暑き日を海に入れたり最上川という、芭蕉の句がふと浮んだが、現代のように冷房がどこへいっても普及していたら、蕉門でいう風雅な詩興が涌くはずがないと思って落肝した。

 だが、空に神鳴(かみなり)が轟くと、時がまた秋を運んできてくれる。

 秋が到来して、たおやめが新米を噛む醸成月(かみなしづき)が巡ってくるたびに、男たちを釣る漁火(ネオン)に誘(いざな)われて、彷徨(ほうこう)することになる。

 今年は、秋が待たれた。「いとど心づくしの秋風」という一節が、『源氏物語』(須磨)にあるが、身に沁みる。到来というと到来物のように、贈られてきたいただきものを意味している。「いとど」は、いよいよだ。

 私は20代から、同(おな)い年の文芸春秋社の堤堯氏、講談社の川鍋孝文氏と3人で、銀座の『眉』『エスポァール』『ラモール』『姫』など一流の酒場(クラブ)に、よく通ったものだった。

 しばらく前に、ナベちゃんは私たちに断ることなく途中下車して、故人になってしまった。

 あのころは、雑誌社や物書きには“学割”があった。

 私が月刊『文芸春秋』に、評論家の肩書をはじめて貰って書くようになったのは、26歳の時で、堤氏が担当してくれた。

 堤氏とは2年前まで、DHCテレビで対談番組を持っていた。高嗤(たかわら)いするのがトレードマークだが、もし、悪事を働いて手配されたとしたら、もっとも大きな特徴としてあげられることだろう。

 月日がたつのは早く、堤氏も私もいつの間にか、八十路(やそじ)に迷い込んでしまった。

 12月に、82歳の誕生日がまわってくるが、万年少年なのか、成育不全なのか、実感がともなわない。

 古人が、自分はまだ若いと思っていても、少年老い易くといって、すぐに齢(よわい)を重ねてしまうから、一寸の光陰を軽んずことなく、寸刻を惜しんで遊ばなければならないと戒めているのを、もっと心に刻んで生きるべきだったと悔いてみても、もう遅いのだろうか。

 それでも酒量とともに、体力が落ちていることを、認めなければならない。

 若い時には、若さを乗り越えようと努めたが、老いると老いに克とうとするから、生きているかぎり、克己の戦いが続いてゆくのだろう。

 もっとも、舌耕(ぜっこう)や筆耕(ひっこう)によって、乞食者(ほがいびと)のように生計を立てているから、猫がじゃらされているように、刻々と目先が忙(せわ)しく変わってゆくために、俗世を離れて、年金生活を享受しながら、欲するままに心静かに、悠悠自適の境涯を楽しむ暇(いとま)がない。

 昨年、北海道のいまでは町になっている寒村にある、由緒ある神社の創建120年の式典に招かれて、神道について短い講話を行った。周辺の都市や、町村から、モーニングか、黒の上下の背広に、白、銀ネクタイ姿の地元の名士たちが集っていた。

 式典のあとの直会(なおらい)で、私から1人おいて座った80代なかばという来賓の1人が、「倅(せがれ)に会社を譲って、“飲む、打つ、買う”の日々ですよ」と自慢するので、「へえ、お元気ですねえ」と驚いたら、「3食ごとに薬を飲みます。病院へ行って注射を打ちます。テレビのCMでサプリの広告に釣られて、女房か、私が買います」と、答えた。

 今年は、3冊の著書が上梓(じょうし)された。といっても、1冊は以前の著書が文庫版に化けたのと、2冊は対談本だ。年末までに、もう1冊加わることになっている。もっとも、昨年は七冊続けてでたが、ほとんどが古い本の復刻版だった。

 銀座の酒肆(しゅし)に戻ろう。友人と何年か振りで、馴染みの店を覗いた。

 こんな時には、仏教の唯識派(ゆいしきは)の用語で阿頼耶識(あらやしき)というが、忘れたはずの過去の行いが潜在意識として、体のなかにしっかりと刻まれていることを、あらためて覚らされる。

 脂粉の香が漂ってくると小さな店が、雄花と雌花が咲き乱れる花園に変わる。

 いや、雄蕊(おしべ)と雌蕊(めしべ)というべきだろう。植物学によると、雌蕊のほうが受精器官だ。まさに、愛染曼荼羅(あいぜんまんだら)の立体版だ。

 愛染明王は愛欲煩悩がそのまま、悟りになるという、釈尊の有難い教えだから、酒肆(クラブ)の扉は、これから伽藍に入る、真如(しんにょ)の門なのだろう。

 唯識派によれば、あらゆる存在は識、すなわち心にすぎない。眼識、耳識、鼻識、舌識、身識の五感は、心そのものだ。

 真如も仏教語であって、真理をいうが、阿頼耶識も、愛染明王も、唯識も、修業、伽藍も、もとはすべて、インドのヒンズー古語の梵語(サンスクリット)だ。

 もう一つ刹那(せつな)も、サンスクリットからきた言葉だが、人生は刹那――指でひと弾(はじ)きする短い時間――刹那を大切にして、充実させなければならない。

 店を久し振りに訪れたから、私にとって新顔だった20代だという、ホステスが隣に座った。もう銀座の濁流か、清水に馴染んでいようが、サン・ローランか、グッチの法衣(ドレス)に身を包んでいた。

 軽口をたたいていたら、「おいくつですか?」とたずねるので、私が一瞬怯んだら、「男女は恋人になったら、同じ歳です」と、切り返された。励ましてくれる、利発な娘(こ)もいるものだと、感心した。

 男女関係は、異文化交流だから難しい。山本有三先生が、「結婚は雪げしきのようなもので、はじめはきれいだが、やがて雪解けして泥濘(ぬかるみ)になる」と、告白されている。

 そこへゆくと、中島兄貴(あにい)はいつだって姐さんと睦まじい。きっと、姐さんを神々が降りてこられて宿られる依代(よりしろ)のように、大切にされているにちがいない。
(中島繁治氏は日大OB誌『熟年ニュース』主催者)


  ペリー浦賀来寇から僅か15年で明治元年となった
    Date : 2018/11/30 (Fri)
 アメリカ、ヨーロッパにおいて、かつて日本文化への関心がこれほど高まったことはない。

 私は昭和40(1965)年に、東京放送(TBS)が出資して、『エンサイクロペディア・ブリタニカ』(大英百科事典)の最初の外国語版の『ブリタニカ国際大百科事典』(全21巻)を編集して出版した時に、初代の編集長をつとめた。29歳だった。

 編集の最盛期には、翻訳、縮訳と、新しい項目をつくるために、200人以上が携わった。当時、もとのブリタニカ百科事典といえば、欧米を世界の中心としていたから、額田王(ぬかたのおおきみ)、和泉式部も、義経も、二宮尊徳も、平田篤胤も、日本で自動車をつくっていることも、載っていなかった。そこで、日本とアジアの新しい項目を、加えなければならなかった。

 “日本の時代”が目前にある

 今日の世界をあの時と較べると、隔世という言葉が当て嵌まる。私はアメリカの大学に留学したが、アメリカ国民の日本への関心は低いものだった。大多数のアメリカ人にとって、日本と中国と朝鮮の区別がつかなかった。

 この半世紀あまりに、日本国民の営々たる努力によって、世界における日本の存在が、あのころには想像できなかったほど、大きなものに変わった。当時を振り返えると、感慨深い。

 今年は、明治維新150周年に当たる。年表をみると、ペリー提督が率いる黒船艦隊が浦賀に来寇したのが、嘉永6(1853)年だった。日本は僅かその15年後に、「御一新」と呼ばれる明治維新を行うことによって、明治元年を迎えた。

 『オランダ風説書』は世界への窓だった

 イギリスが中国に阿片戦争を仕掛けたのが、天保10(1840)年だったが、ペリーが来冠する13年前のことだった。

 幕府も諸藩も、長崎に入港するオランダ船から入手した、海外の最新の情報をまとめた『オランダ風説書』によって、詳細な情報を手に入れていた。

 ペリー艦隊が搭載していた砲の射程が、3500メートルもあるのに対して、わが砲は家康の時代から変わっておらず、射程が4、500メートルしかなく、日本の古い砲が火玉しか発射することができないのに、ペリーの砲身のなかに螺旋が施されて、威力がある炸裂弾を撃つことも知っていた。

 阿片戦争から明治元年までの28年間を振り返ると、戦後の日本の目覚ましい経済復興をもたらした、驚嘆に価いするエネルギーをみる思いがする。

 島崎藤村の『夜明け前』といえば、幕末の木曽路の宿場町の生活を、克明に描いた長編小説だ。

 山深い木曽路にある宿場が舞台となっており、庄屋の青年である青山半蔵が主人公である。半蔵は家業に励しむかたわら、賀茂真淵(かものまぶち)、本居宣長(もとおりのりなが)、平田篤胤(ひらたあつたね)をはじめとする江戸時代の国学者の著作を学んで、日本の行く末を真剣に憂いていた。

 『夜明け前』を読むと、幕末の日本をよく理解することができる。あの時の日本には、半蔵のような青年が、全国のどこにでも存在していた。江戸時代に入って生まれた国学と、半蔵のような国民が、未曽有の国難に見舞われた日本を救ったのだった。

 天皇家が日本を守った

 だが、あの時の日本を護ったのは、天皇の存在だった。

 もし、幕末に天皇家が存在しておらず、徳川家しかなかったとしたら、日本は洋夷に対してまとまって団結することがなく、独立を全うできなかったはずだ。

 来年4月に、平成が31年で終わる。このあいだに、中国、北朝鮮からの脅威が募るなど、日本を取り巻く国際環境が、いやおうなしに緊迫するようになった。平成のこれまでの30年は、阿片戦争から明治元年までの28年より長い。

 それにもかかわらず、日本はこの30年のあいだ、泰平の深い眠りから醒めずに、72年前にアメリカの占領軍が、銃剣を突きつけることによって強要した『日本国憲法』を改めることができずに、眠り続けてきた。いまだに護憲派が強い力を持っている。

 幕末には、どこにでも青山半蔵のような国民がいたというのに、どうして国を守る気概気力を失って、腑甲斐ない国になってしまったのだろうか。

 アメリカの軍事保護による一国平和主義

 アメリカによって与えられた「新憲法」のもとで、日本は徳川期の一国平和主義――鎖国の繭(まゆ)のなかに、ふたたび閉じ籠ってしまってきた。

 国際環境がいっそう厳しさを増してゆくなかで、一国平和主義の繭(まゆ)を一日も早く破って、成虫になって羽搏(はばた)かなければ、この国が亡びてしまおう。

 明治維新150周年を、ただ祝うだけであってはならない。

 日本は150年前に世界の現実に適応することによって、独立を守ることができたのだった。

 いま、安倍政権がようやく現行憲法のごく一部を改正しようと、眦(まなじり)を決して乗り出した。  

 アメリカは日本占領が始まった翌年に、日本を未来永劫にわたって自立できない国に変えるために、『日本国憲法』を強要したのだった。

 現憲法の改正ではなく、修正を

 憲法第95条で、「改正」という言葉を用いているから仕方がないが、私は親しい国会議員に、改正を呼び掛ける時に「改正」ではなく、「修正」という言葉を使ってほしいと訴えている。「改正」というと、現行憲法を全面的に書き改めようとしている、誤解を与える。

 いま、日本が直面する国際環境が、きわめて困難なものとなっているために、憲法のごく一部だけを修正することが、求められている。「修正」といったほうが、多くの国民の理解をえられると思う。

 このかたわら、このところ日本文化への共感が全世界にわたって、ひろまるようになっている。

 幕末から明治にかけて、ジャポニズムと呼ばれたが、浮世絵を中心にして日本の美術がヨーロッパ、アメリカの芸術に大きな影響をおよぼした。日本文化に関心が集まるのは、それ以来のことだ。

 だが、かつてのジャポニズムが、視覚に限られていたのに対して、今回の日本文化の高波は、食文化から精神のありかたにまでわたっており、はるかに深いものがある。

 和食の流行は、和食が自然と一体になっていることから、健康志向によって支えられているが、日本が発明したスマートフォンのエモジや、ポケモンなどのアニメが世界を風靡しているのは、万物に霊(アニマ)が宿っているという、日本の八百万千万(やおろずちょろず)の神々信仰にもとずいている。いま、西洋では独善的な一神教が、揺らぐようになっている。

 この3、40年あまり、西洋においても自然と共生するエコロジーが、人類を守り、救うと信じられるようになっているが、エコロジーこそ神道の心である。

 在日外交団長と対談「神道が世界を救う」

 マンリオ・カデロ・サンマリノ共和国駐日大使は、在日外交団長をつとめているが、神道に魅せられて、これまで全国にわたって100近い神社を参拝してきた。大使は和を重んじ、自然を敬う神道の心こそが、抗争と流血が絶えることがない世界を救うことになると、信じている。

 私はカデロ大使と、『神道が世界を救う』(勉誠出版新書)という対談本を、9月に刊行した。

 日本には150ヶ国以上の外国大使が駐箚(ちゅうさつ)しているが、20人あまりの大使が日本語に堪能だ。日本語ができる大使や、日本に在住する外国人からこの対談本によって、日本人をつくっている文化と、日本の生きかたや、心をはじめてよく理解できるようになったと、感謝されている。


  中国を兵糧攻めにする? 先端技術の中国流出を阻む米国の戦略
    Date : 2018/11/22 (Thu)
 米中貿易戦争――あるいは関税戦争をめぐって世論がかまびすしいが、米中関係のごく一部しか見ていない。

 マスコミは木を見て、森を見ないのだ。

 トランプ大統領は中国の共産体制を崩壊させることを決意して、中国と対決してゆく方針を固めた。

 習主席は面子にこだわって、関税戦争を受けて立っているが、中国経済がアメリカ市場に依存しているために、すでに蹌踉(よろめ)いている。

 いまではワシントンで、ついこの間まで親中派だった国務省、主要シンクタンクも、中国と対決することを支持している。アメリカの中国観の地殻大変動だ。

 トランプ大統領が中国という“悪の帝国”を倒す戦略の中核にあるのが、テクノロジーだ。

 同盟諸国とともに、先端技術の中国への流出を阻む、兵糧攻めにするのだ。関税戦争や、軍拡競争は脇役になる。

 かつてレーガン大統領が、“悪の帝国(イービル・エンパイア)”と極め付けたソ連を追いつめたのも、アメリカを中心とする、自由世界のテクノロジーの力によるものだった。

 中国はテクノロジー後進国だ。宇宙ロケットを打ち上げられても、ジェット機のエンジンをつくれないので、ロシアから買っている。

 中国の指導部は何千年にもわたって、中華思想による知的障害を患ってきたために、弱い相手は呑み込むものの、まともな対外戦略をたてられない。

 力を持つようになると、慢心して、外国を見下すために、傲慢に振る舞う。

 中華思想は、中禍思想と書くべきだ。ロシアは戦略が巧妙だが、中国は中華主義の自家中毒によって、視野が狭窄している。

 習主席は中国悠久の歴史から、学べないのだろうか。

 オバマ政権は中国に対して宥和政策をとっていたが、中国はアメリカの弱さだと見縊(みくび)った。

 習主席は3年前に訪米して、オバマ大統領と米中サミットを行い、ホワイトハウスで行った共同記者会見で、中国が南シナ海で不法に埋め立てて造成した7つの人工島を、軍事化することはないと、明言した。

 しかし、その後中国は7つの島に、ミサイルや、爆撃機を配備するようになった。

 中国人は平然と嘘をつくが、アメリカ人は嘘をもっとも嫌っている。

 私はかねてから、中国人は昔から「吃(ツー)(食事)」「喝(フー)(飲酒)」「嫖(ピャオ)(淫らな遊女)」「賭(トウ)(博打(ばくち))」「大聴戯(チーティンシ)(京劇)」の五つを、生き甲斐にしていると、説いてきた。

 清朝の歴代の皇帝も、毛沢東、周恩来、江青夫人も、江沢民元主席も、みな京劇マニアだった。

 京劇は甲高い声に、耳を聾するけたたましい音曲と、大袈裟な所作によって、誇大妄想を煽る舞台劇だ。

 習主席が好む大規模な軍事パレードや、急拵(こしら)えの航空母艦を中心とする大海軍や、絵に描いた餅のような「一帯一路」は、京劇の舞台装置を思わせる。清朝を崩壊させた西太后も、京劇マニアだった。

 現在、中国海軍は艦艇数が317隻で、アメリカ海軍の283隻を上回る。西太后が日清戦争前夜に、北京西郊の頤和園の湖岸に、巨額の国費を投じて建造した、大理石の巨船の“21世紀版”だ。


  大坂なおみ選手と人種平等を実現した日本
    Date : 2018/11/19 (Mon)
 イギリス王室の結婚式典

 私はテレビを観て泣いたことは、めったにない。

 今年5月に、イギリスのヘンリー王子とアメリカ人女優のメーガン・マークルさんの結婚式典が、ウィンザー城教会において行われた。

 イギリス王室はウィンザー家と呼ばれ、ウィンザー城は王家の居城である。

 王子とメーガンさんが、荘重なイギリス国歌が吹奏されるなかを、お伽噺のような馬車に乗って、輝く銀の胸冑をつけた龍騎兵の一隊によって守られて、教会へ向かった。

 この光景を見て深く感動した。不用意に、目頭が熱くなった。

 華燭の式典では、アメリカ聖公会の黒人主教が、説教壇から黒人訛りの英語で、愛について熱弁を振った。

 私はアメリカ黒人女性の聖歌隊が、黒人霊歌(ゴスペル)の『イエスとともに歩め(スタンド・バイ・ミー)』を合唱した時に、涙を拭った。

 メーガン妃は、黒人の母と白人のあいだに生まれた。

 いまでも、白人社会では、黒人の血が少しでも混じっていれば、「黒人(ブラック)」と呼ばれる。オバマ大統領も母が白人であるのに、黒人の大統領とされた。

 ウィンザー城の教会で、エリザベス女王、フィリップ殿下、チャールズ皇太子をはじめ、盛装した王族を前にして、アメリカから招かれた黒人の聖歌隊が、黒人霊歌を合唱した。

 黒人霊歌は、数百万人の黒人がアメリカに連れてこられて、鎖に繋がれた奴隷として生きることを強いられた時に、救いを求めてうたった歌だ。

 日本の戦いがもたらした人種平等の世界

 イギリスの王子が黒人と結婚するのは、王室の長い歴史で、はじめてのことだった。

 3、40年前でも、まったく考えられなかったことだった。

 これも、日本が先の大戦において国をあげて戦い、大きな犠牲を払って、アジアを欧米の過酷な植民地支配から解放し、その高波がアフリカ大陸を洗って、次々と独立していった結果、人種平等の世界が人類の長い歴史で、はじめて招き寄せられたためだった。

 きっと、アジア・太平洋の広大な戦場に散華された英霊が、天上からこの光景を眺められて、嘉納されたにちがいないと思った。

 来年2月は、第1次大戦のベルサイユ会議とも呼ばれるパリ講和会議で、国連の前身である国際連盟を創設するのに当たって、日本全権団が連盟規約に「人種平等条項」を入れることを提案して、11対5の票決によって可決されようとした時に、議長だったウッドロー・ウィルソン・アメリカ大統領が、「このような重要な事項は、全会一致によって決定しなければならない」といって葬った、100周年に当たる。

 ヨーロッパの小国が賛成票を投じたものの、国内で黒人を差別していたアメリカをはじめ、白人の植民地諸国が反対したのだった。

 アメリカでは第2次大戦後も、国内で黒人に対するいわれない差別が続いたが、アフリカの外交官が黒人が入れなかったホテルや、レストランなどに自由に出入りするのを見て、黒人が立ち上って公民権運動が起った。

 1960年代に、マーチン・ルーサー・キング師が率いる公民権運動がついに実を結び、黒人に対する法的な差別が撤廃されて、今日に至っている。

 私は1959年にアメリカに留学したが、ゴルフコースに黒人といえば、キャディしかいなかったし、テニスコートでも、清掃員か、球拾いしか、見ることがなかった。野球のメジャーリーグで、黒人選手がプレイできるようになったのは、第2次大戦後のことだ。

 ゴルフ界でタイガー・ウッズや、テニス界でウィリアム姉妹が活躍しているが、公民権運動が実った以後のことだ。
大坂なおみ選手が健闘して、脚光を浴びている。

 なおみさん、英霊が応援していますよ!


  中国は前車ソ連の轍を踏むことになるのか
    Date : 2018/11/14 (Wed)
 米中貿易戦争――あるいは関税戦争をめぐって世論がかまびすしいが、米中関係のごく一部しか見ていない。

 トランプ大統領は中国の共産体制を崩壊させることを決意して、中国と対決してゆく方針を固めた。

 習主席は面子にこだわって、関税戦争を受けて立っているが、中国経済がアメリカ市場に依存しているために、すでに蹌踉(よろめ)いている。

 いまではワシントンで、この間まで親中派だった国務省、主要シンクタンクも、中国と対決することを支持している。アメリカの中国観の地殻変動だ。

 トランプ大統領が中国という“悪の帝国”を倒す戦略の中核にあるのが、テクノロジーだ。同盟諸国とともに、先端技術の中国への流出を阻む、兵糧攻めにするのだ。関税戦争や、軍拡競争は脇役になる。

 かつてレーガン大統領が、“悪の帝国(イービル・エンパイア)”と極め付けたソ連を追いつめたのも、アメリカを中心とする、自由世界のテクノロジーの力によるものだった。

 中国はテクノロジー後進国だ。宇宙ロケットを打ち上げられても、ジェット機のエンジンをつくれないので、ロシアから買っている。

 中国の指導部は何千年にもわたって、中華思想による知的障害を患ってきたために、弱い相手は呑み込むものの、まともな対外戦略をたてられない。力を持つようになると慢心して、外国を見下すために、傲慢に振る舞う。

 中華思想は、中禍思想と書くべきだ。ロシアは戦略が巧妙だが、中国は中華主義の自家中毒によって、視野が狭窄している。

 中国は今世紀に入ってから、かつてのソ連と同じように、自壊への道を進むようになっている。ソ連は1991年に崩壊した。

 効率が悪い計画経済によって病んでいたのに、無人のシベリア沿海州の開発に国力を浪費し、東ヨーロッパの衛星諸国という重荷をかかえたうえに、第3世界に進出するのに力を注いだために、アメリカとの競争に耐えられなくなって、倒壊した。

 クレムリンの最高指導者は、非科学的なマルクス主義の予言に従って、ソ連が世界を支配するという使命感にとらわれて世界制覇を急いだために、墓穴を掘った。

 習主席も「偉大なる5000年の中華文明の復興」という、自らの掛け声に陶酔して、見せかけだけが壮大な「一帯一路」計画と、大海軍の建設を強行しているが、第2次大戦後にソ連が歩んだ道程によく似ている。

 中国は分離独立闘争を恐れて、新疆ウィグル自治区や、チベットをはじめとする西域や、中部や、北部に過大な投資を行っている。

 「一帯一路」計画は、アジアからヨーロッパまで70ヶ国近くを、“幻(まぼろし)の中華圏”に取り込もうとする杜撰(ずさん)きわまる大計画だが、マレーシア、ミャンマー、パキスタンなど多くの諸国で、すでに挫折するようになっている。

 ソ連は1950年代から、60年代にかけて、日本についで経済成長率が高かった。私はソ連が1957年にアメリカに先駆けて、人工衛星『スプートニク』を軌道に乗せた時に20歳だったが、よく覚えている。その4年後に世界最初の有人衛星飛行を行って、アメリカの朝野を震駭させたものだった。

 ソ連では1970年代に入ると、少子高齢化が進むようになって、旺盛な高度成長を支えた、豊富な安い労働力が失われるようになった。中国でも同じことが、起っている。

 私はかねてから、中国人は昔から「吃(ツー)(食事)」「喝(フー)(飲酒)」「嫖(ピャオ)(淫らな遊女)」「賭(トウ)(博打(ばくち))」「大聴戯(チーティンシ)(京劇)」の5つを、生き甲斐にしていると、説いてきた。

 清朝の歴代の皇帝も、毛沢東、周恩来、江青夫人も、江沢民元主席も、みな京劇マニアだった。

 京劇は甲高い声に、耳を聾するけたたましい音曲と、大袈裟な所作によって、誇大妄想を煽る舞台劇だ。

 習主席が好む大規模な軍事パレードや、急拵(こしら)えの航空母艦を中心とする大海軍や、絵に描いた餅のような「一帯一路」は、京劇の舞台装置を思わせる。清朝を崩壊させた西太后も、京劇マニアだった。

 現在、中国海軍は艦艇数が317隻で、アメリカ海軍の283隻を上回る。西太后が日清戦争前夜に、北京西郊の頤和園の湖岸に、巨額の国費を投じて建造した、大理石の巨船の“21世紀版”だ。


  悪意に満ちた国連委員会の対日非難
    Date : 2018/11/08 (Thu)
 8月に、スイス・ジュネーブで国連人種差別撤廃委員会が「対日審査会」を行い、慰安婦、韓国人・朝鮮人に対するヘイトスピーチ、委員会が先住民とみなすアイヌ・沖縄県民、朝鮮学校問題などを取りあげて、3日にわたって日本を嬲(なぶ)りものにした。

 私はこの討議の一部を動画で見たが、どの委員も日本が性悪な国として、こき下ろした。

 戦前の国際連盟が本拠だった「パレ・ウィルソン」(パレは宮殿)で開かれ、会合での対日非難は悪意にみちたものだった。

 韓国の委員の鄭鎮星(チョンジュソン)女史は「性奴隷(セックス・スレイブ)」といって、「慰安婦の残酷な状況は、当時の文書、映像、証言など多くの証言によって、裏付けられている」と、日本政府代表団に迫った。

 アメリカの黒人女性のマクドゥガル委員は、日本政府代表団が反論したのに対して、慰安所を「強姦所」と呼び、「事実を議論すべきではない。これは女性の尊厳の問題だ。慰安婦の大多数が韓国人だった」と、詰め寄った。事実は、大多数が日本女性だった。

 ベルギーのポッソート委員は、日本において韓国・朝鮮人が迫害されており、「日本に住む40万人の韓国・朝鮮人の大多数が、植民地時代に強制的に日本に連行された」と、攻撃した。事実は同じ国だったから、自由に往来できたために、より豊かだった日本本土に、仕事を求めて移ってきたのが、正しい。

 コンゴ民主共和国をはじめ、諸国の委員がつぎつぎと日本を誹謗した。

 このような国連委員会が世界の世論をつくって、日本の名誉を大きく損ねてきた。

 委員会の会合は、荒唐無稽としかいえないにもかかわらず、日本政府代表団が一つ一つ、丁寧に答えていた。私は代表団を率いた大鷹正人外務審議官や、法務省員の苦労を心からねぎらいたいと思った。

 私も英語屋だが、大鷹審議官の英語は流暢で、素晴しかった。ところが、日本政府の代表が「お詫びし、償い金を支払っている」といって、委曲をつくして答えるほど、弁解しているように見えた。

 私だったら弁明に終止せずに、相手を積極的に攻撃して、その歪んだ根性を叩きなおそうとするだろう。

 韓国の委員には、「韓国が独立を回復してから、貴国の国軍は日本の旧軍の制度を受け継ぎましたが、国軍の将兵の性処理のために、『慰安婦(ウィアンプ)』と呼ぶ女性たちが働く売春施設を、つくっていました。『慰安婦(いあんふ)』は旧日本軍とともに姿を消したはずなのに、韓国軍に長いあいだにわたって存在しました。慰安婦がそんなにおぞましいものだったら、どうしてこの日本語を韓国語として発音をして、使っていたのですか?」と、たずねたかった。

 アメリカの委員には、「アメリカでは1960年代に入るまで、黒人は選挙権を認められず、白人と黒人の性関係が犯罪とされ、水飲み場、便所から、食堂まで区別されて、ひどい差別を蒙っていたし、今でも苦しんでいます。日本が先の大戦を戦って有色人種を解放したおかげで、黒人が白人と同等の公民権を勝ち取ったのではないですか?」と、質問する。

 委員会が国際連盟を創設することを提唱した、アメリカ大統領の名を冠した「パレ・ウィルソン」で開かれたのも、皮肉だった。

 ウィルソン大統領はアメリカ南部のジョージア州とサウスカロライナ州で育ち、有色人種が優生学的に劣っていると説いた、人種差別主義者だったために、ウィルソンが創学者のプリンストン大学では、学生たちがその銅像の撤去を求め、アメリカ議会が創立したシンクタンク「ウィルソン・センター」を改名すべきだという運動が、行われている。

 私だったら、委員たちに「パレ・ウィルソン」の名を改めることを、提案しただろう。

 このように愚かしい委員会で、日本政府の代表が暴れれば、世界のマスコミが取り上げて、日本の主張が理解されることだろう。


  「日本国憲法」という邪教を信じたままでよいか
    Date : 2018/11/08 (Thu)
 「日本国憲法」は、邪教だ。

 日本がアメリカによって、自主独立を完全に否定されていた時に、押し付けられた現行憲法は、邪教そのものだ。

 現行憲法は護ろうとする者は、邪教の信者である。

 現行憲法の前文は、日本の安全を「平和を愛する諸国民の公正と信義に」委ねると、うたっている。いったい、ロシア、中国、北朝鮮、韓国が、何よりも平和を愛し、公正で信義を重んじる国なのだろうか?

 前文は現行憲法の精神を要約しているが、このように噓八百で始まっている。

 私たちの生命や財産を、外国人のお情けに預けなさいと、いっているのだ。

 憲法は世界の全ての諸国民について、性善説をとっているのに対して、日本人についてのみ、性悪説をとっている。もっとも、私たちがこの前文を書いたのではなく、戦勝国だったアメリカが、日本を苛(いじ)めるために強要したのだから、自虐的だとはいえないが、多くの日本国民がこの押し付けられた憲法を、なぜか、信心するようになっている。

 戦後、日本国民が自虐的になってしまったのは、この憲法のせいである。

 しかし、社会生活において、まったく自尊心を失ってしまった者が、真っ当な生活を営むことができるはずがない。国際社会においても、まったく同じことだ。

 第9条は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と、規定している。世界のどの国も、一国の独立と、国民の生命・財産を守るために、国防を国民の義務として定めているのに、日本だけが軍を保持することを禁じられている。赤児が腹をすかせた虎や、狼、ジャッカルがうろついているジャングルに、置きざりにされたようなことだ。

 平和は健康と同じように、努力して守るものだ。

 アメリカは現行憲法を、占領下にあった日本に強要した時に、その時のアメリカの都合に合わせて、日本からいっさいの軍備を奪うことによって、日本を子々孫々に至るまで、アメリカの属国とすることを、目論んだのだった。そのために、今日の日本はみすぼらしい小国でしかない北朝鮮の脅威に対しても、アメリカの保護なしに対応できない。

 だが、いったい、アメリカが今後、日本を永久に守り続けてくれるものだろうか? トランプ政権は「アメリカ・ファースト」(アメリカ優先)を唱えて、アメリカの都合を何よりも優先すると表明している。

 現行憲法とアメリカによる保護は、一体のものなのだ。

 せめて、現行憲法に国を護るために自衛隊を保有することを、一日も早く書き込みたい。

 どのような国であれ、誇りが国家を形成しているのに、現行憲法は日本人から日本人の誇りを、奪ってしまっている。
私たちの日本はいま現在だけによって、存在しているのではない。2000年余年にわたる歴史と、祖先である先人たちの願いによって、形成されている。毎日を生きるのにあたって、祖先をないがしろにしたら、天罰が降ろう。

 尊いものは、目に見えない。刹那(せつな)だけしかないのでは、魂がない抜け殻でしかない。

 現行憲法は日本を魂がない、禽獣(きんじゅう)の国としている。

 このまま、邪教を信じてゆけば、私たちは地獄に落されてしまおう。


  麦の穂青し、空は一片の雲も留めず
    Date : 2018/11/05 (Mon)
 来年5月に全国民が慶祝に涌きかえるなかで、126代の天皇陛下が即位される。

 天皇は日本を統べて下さる要(かなめ)であり、民を安ずる使命を授かった御存在である。

 皇室のない日本を想像することが、できるだろうか。

 天皇は他国の君主と違って覇者ではなく、敵対する者が存在しない。古代・中世の一時期さえ除けば、武力を用いたことがなかった。

 天皇は日本でもっとも謙虚な人であり、日本の国柄が結晶した方であられる。日本の祭り主として2000年余にわたって皇祖を祀り、つねに国民の幸せと平和を祈ってこられた。

 御代替りが、来年5月に迫っている。そのために、私はあらためて天皇の存在について考えた。

 昭和20(1945)年のアメリカは「天皇を処刑せよ」という世論で沸騰していた。

 だが、日本は惨憺たる敗戦を蒙ったにもかかわらず、どうして天皇を戴く国のかたちを、守ることができたのだろうか。

 大西瀧次郎中将を偲ぶ

 私は9月に同志とともに、靖国神社の靖国会館において、『大西瀧治郎中将を偲ぶ会』を催した。

 大西海軍中将といえば、昭和19年10月にフィリピンにおいて、最初の神風特攻隊を編成して送り出したことから、「特攻隊の父」といわれてきた。

 当日、200人あまりが「偕行の間」に集まったが、その前に昇殿参拝した。

 私は代表して、次の祭文を捧読した。

 「謹んで大西瀧次郎海軍中将の御魂と、先の大戦中に散華された英霊に申し上げます。

 わが国は先の大戦を自存自衛のために、国を挙げて戦ったのにもかかわらず、連合国に『ポツダム宣言』を受諾することによって敗れましたが、世界史にまったく類例がない特攻作戦を空に海に敢行することによって、連合国の心肝を寒からしめ、名誉ある条件付き降伏を行うことができました。

 『ポツダム宣言』は、『われらの条件は左の如し。われらは左の条件から逸脱することなし』と述べて、『日本国軍隊の無条件降伏』のみを要求しています。

 特攻作戦こそは、高貴な日本精神を発露したものでありました。特攻隊員と、アッツ島から沖縄まで戦場において玉砕した英霊の尊い犠牲によって、わが国の2600年以上にわたる美しい国体が護られて、今日に至っています。

 日本国民は特攻に散った英霊が悲惨な亡国から、日本を救って下さったことを忘れません。御遺志を継いで日本を守ってゆきますことを、お誓い申し上げます」

 日本が国民を挙げてよく戦ったために、連合国が昭和20(1945)年7月26日に『ポツダム宣言』を発することによって、連合国側から和平を申し出た。トルーマン大統領はこの4日前に、アメリカ陸海軍(まだ空軍はなかった)に、「オリンピック作戦(オペレーション・オリンピック)」と名づけた九州上陸作戦を、11月に実施するように命じていた。

 アメリカ統合参謀本部は、7月はじめに「対日計画案」を大統領に提出して、日本本土侵攻作戦に500万人の兵力を必要とするが、日本は1947(昭和22)年まで戦い続け、アメリカ軍死傷者が100万人を超えようと見積っていた。

 そのためにトルーマン政権は、前政権が日本に「無条件降伏」を強いる方針をとっていたのを改めて、条件付降伏を求めることを決定した。

 今日では多くの国民が特攻隊や、最後まで戦った将兵が徒死(むだじ)にだったというが、日本の悠久の国のかたちが、この尊い犠牲によって守られたのだった。

 先の対米戦争はアメリカの不当な圧迫を蒙って、已(や)むに已(や)まれずに戦ったものだった。

 和平派だった東郷茂徳外相と、戦後、本誌『カレント』を創刊された賀屋興宣蔵相は、『ハル・ノート』に接して、もはや已むなしとして、開戦の詔勅に副署した。

 『海ゆかば』の合唱

 偲ぶ会は、東映の協力によって、バリトン歌手・斎藤忠生氏の先導によって、『海ゆかば』の合唱から始まった。

 特攻隊員が整列をして水盃を戴くと、次々と離陸して、敵艦に命中するか、対空砲火によって、海面に激突する実写が上映された後に、東映若手男優3人が特攻隊の飛行服に、日の丸の鉢巻を締めて登壇して、1人1人、特攻隊員の遺書を朗読した。

 そのうえで、藤田幸生・特攻隊戦没者慰霊顕彰会理事長(元海幕長)、劇映画で大西中将を演じた父・故鶴田浩二氏の令嬢で、女優の鶴田さやか氏などが、短い挨拶を行った。

 講話が終わった後に、壇上に戻った3人の若手俳優と、参会者が『同期の桜』を合唱したが、全員が頬を涙で濡らした。

 参会者が、再び『海ゆかば』を合唱することによって、閉会した。

 特攻作戦は、大西中将が発案したのではなかった。昭和19(1944)年7月にサイパン島が失陥すると、少壮将校から海軍部内に敗勢を挽回するために、特攻を行いたいという声が、澎湃(ほうはい)として起った。特攻作戦が採用され、特攻兵器の開発が始まっていた。

 私には特攻について、多くの関係者の話をきいてまとめた英文の著書があるが、特攻作戦は長い歴史によって培われた、日本国民の愛国心と熱誠が表われたものだった。

 会が始まる直前に、実行委員の1人のF君が、「冒頭で『君が代』を斉唱しましよう」というので、私は反対した。特攻隊が出撃する時には、『海ゆかば』が合唱されたが、『君が代』が歌われたという例は、きいたことがない。

 『海ゆかば』は、防人(さきもり)を司る兵部少輔だった大伴家持(西暦717年〜785年)の歌で、『万葉集』に収録されている。『万葉集』は私たちの魂の故郷(ふるさと)である。『君が代』は平安朝初期の『古今和歌集』にある祝歌(ほぎうた)で、悲壮な出撃にふさわしくなかったのだろう。

 閉会する前に、F君から「聖寿万歳によって、会を締め括りましよう」と耳打ちされたので、私は「それはやめましよう」と答えた。

 大西中将の自刃後に、淑恵夫人がインタビューで、中将が戦争末期に「天皇は国民の前に立たれるべきなのに、女官に囲まれている」と憤ったと語っており、部下に「この戦争は国民ではなく、天皇の側近たちが敗れたのだ」と、切り捨てたという証言がある。

 天皇家は京都の御一家であって、武家の棟梁ではない。私たちにとって、天皇は文化的な存在である。

 特攻について1冊だけ、本をあげるようにといわれたら、『麦の穂青し』(勉誠出版)を勧めたい。特攻隊員の遺書が集録されている。全家庭に1冊常備したい本だ。

 題名は、昭和20年4月29日に九州から飛び立った23歳の特攻隊員が、出撃寸前に書いた遺書からとっており、「一二一五搭乗員整列。進撃は一三〇〇より一六三〇の間ならん。空は一片の雲も留めず。麦の穂青し」という短いもので、心の動揺なく出撃したことが証されている。進撃時間は沖縄の上空に着く時間を見積ったものだ。

 語らざる悲しみもてる人あらむ

 天皇皇后両陛下が平成24年に、イギリスに行幸啓された。

 その時に、前大戦中の元イギリス兵捕虜が、沿道に並んで、抗議行動を行った。

 この時に、皇后は大戦後イギリス軍の捕虜となって、処刑された国人(くにびと)を思いやられ、和歌をよまれた。

 「語らざる悲しみもてる人あらむ母国は青き梅実の頃」という御製を拝して、私は「麦の穂青し」を思って、恐懼した。

 終戦の日ごとに、テレビで玉音放送の録音が流されるが、「朕は茲(ここ)に国体を護持しえて」と仰言せられるのを謹聴するたびに、特攻に、玉砕に殉じた先人たちを誇りたいと思う。


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