加瀬英明のコラム
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  国民を危機に晒す「平和憲法」の軛
    Date : 2017/10/06 (Fri)
 8月29日早朝に、北朝鮮がミサイルを試射して、北海道を飛び越えて、襟裳岬の東の太平洋上に着弾した。いまや日本を周む海が、北朝鮮のミサイル試射場となっている。

 北海道、東北、北関東まで、12道県の市町村で、Jアラートが発せられた。屋外スピーカーや防災無線を通じて、住民に万一の場合に「頑丈な建物か、地下へ避難するよう」に、呼びかけた。

 私は北朝鮮がミサイルを発射したことを、テレビによって知った。チャンネルをまわすと、どの局も北朝鮮のミサイル一色だった。

 どの局も、北朝鮮を「北朝鮮」と呼んでいた。

 私はつい30年前まで、NHKをはじめどのテレビ局も、北朝鮮をかならず「朝鮮民主主義人民共和国」――「チョーセン・ミンシュシュギ・ジンミン・キョーワコク」と、呼んでいたことを、思い出した。

 そう呼ばなければならないのが、日本の「良識」となっていた。

 当時、私は北朝鮮をそう呼ばねばならないのは、「寿限無寿限無五劫(ジュゲムジュゲムゴコウ)のすり切れ、パイポパイポパイポのシューリンガン」のようで、バカバカしいと、批判した。正式国名で呼ばなければ良識に反するのなら、どうしてドイツを「ドイッチェラント」、ギリシアを「ヘラス」と呼ばないのかと、からかった。

 ドイツも、ギリシアも、イギリスという呼び名も、他にない日本語だ。

 私は昭和47年に日中国交正常化が行われた時に、日本中が「日中友好」の大合唱に酔い痴れていたが、中国は秦の始皇帝のころから、中華思想に取り憑かれた危険な文明だから、「子子孫孫までの友好」といったタワゴトに、惑わされてはならないと、警鐘を鳴らした。だが、「日中友好」が、その時の良識となっていた。

 政府公報をみると、北朝鮮のミサイルに対して、「頑丈な建物」か「地下」に入るか、屋外にいる時には立っていないで、伏せるように勧めているが、前大戦中の防空演習のほうが、「防空ずきん」を必携させたから、もっと真剣なものだった。

 北朝鮮がミサイルを発射するたびに、政府は「万全の態勢」をとるというが、北朝鮮のミサイルを迎撃して守ってくれるPAC3は、北海道から沖縄まで、全国に17ユニット(基)しかない。

 東京をとれば、防衛省の構内に1基配備されているが、守れるのはごく周辺だけで、とうてい東京都全域を守ることができない。

 8月9日に、北朝鮮が日本の中国地方、四国の上空を飛び越して、グアム島の周辺に撃ち込むと予告した時には、PAC3 3ユニットを急いで通過する県に移動した。

 全国へ17ユニットしか配備していないから、とうてい全国民を守ることができない。政府は国民を安心させるために、「万全の態勢」をとっているというが、言葉だけでは頼りにならない。

 9月1日の民進党大会へ向けて、前原誠司氏と枝野幸男氏が公開討論を行ったのを、NHKで見ていたら、前原氏が「安保関連法案を見直して、憲法の専守防衛の精神に戻るべきだ」と、訴えていた。

 これまで、日本は「専守防衛」の掟によって縛られて、防衛費を低く抑えてきたために、北朝鮮をはじめとする敵性国家からミサイル攻撃が加えられた場合に、「万全の態勢」をとりたくても、とれない窮状にある。

 日本の平和を守ることができない、日本が置かれた現状にまったくそぐわない憲法を、今日でも多くの国民にとって「平和憲法」と呼ぶことが、良識となっている。

 自衛隊を「軍隊」にすべきだとか、「防衛費をGNP2%に増すべきだ」というと、良識に反するから、口を噤(つぐ)まなければならない。だが、今日の良識を疑ったほうが、よいのではないか。


  「国民主権」ではわが国のすがたを破壊する
    Date : 2017/10/03 (Tue)
 今年、国会において成立した『皇室典範特例法』に從って、天皇陛下が譲位され、お世継ぎの皇嗣であられる皇太子殿下が、即位大}が行われることによって、126代目の天皇として、御位につかれる。

 いったい、その時にだれが内閣総理大臣として、即位大}に参列するのだろうか?

 今上陛下が即位されたのは、平成2年11月12日のことだった。

 私はその時に、「即位}正殿の儀」をテレビで拝して、時の海部俊樹首相の非礼に慄然とした。私は自分の目を信じられなかった。

 この7月に朝日新聞が「平成と天皇 首相経験者に聞く」を、4日にわたって連載した。

 そのなかで、当時の海部首相が次のように得意げに語っている。

 「宮内庁からは、皇族と同じ『衣冠束帯』を着るように求められたが、僕は『この時代にそれはないでしよう』と反対し、燕尾服で参加した。天皇、皇后両陛下より一段低い中庭(ちゅうてい)の五砂利のうえで待ち、呼ばれてから殿上に上ってくるように言われたが、僕はこれも断り、最初から殿上にいることにこだわった。(略)」

 「いまの陛下の即位の礼は、戦後の憲法の下で初めて国事行為として行われるものだった。(略)日本が戦前と違う国民主権の民主主義国家であることを示そうと、僕なりに精いっぱいの努力をした。」

 首相と天皇が対等であることを示そうとしたのだが、あってはならないことだった。

 行政府の長として、天皇陛下と同格、あるいは現憲法が国民が日本の主人である「国民主権」を定めているから、天皇以上の存在だというつもりだったのだろうか。日本の国の姿を破壊する、不遜な発言だ。

 いま、憲法改正へ向けて議論が盛んになっている。

 日本が危ない。新しい憲法の天皇の条項では、天皇が日本の長い歴史を通じて、日本でもっとも尊い人であり、国民のためにつねに祈られていることを、規定してほしい。

 天皇陛下は国民を慈しまれ、徳を一身に体現されてこられた。

 天皇陛下は日本の親に当たる。皇后陛下が国母陛下と呼ばれるのは、そのためである。

 新しい憲法の前文は、明治天皇が定められた『教育勅語』の大要を、分かりやすい現代文に改めて、盛り込んでほしい。そして、祖先を供養し、家族を愛することが、社会の基本であることを説きたい。

 今日の日本では、多くの人々が心を軽んじて、自分本位になるなかで、人々のあいだの絆だけではなく、家族が崩壊しつつある。家族の崩壊は、やがて国の崩壊をもたらす。

 祖先を崇めて深く感謝することは、家族の結束を強め、親が子を子が親を大切にすることにつながる。

 いま、子に親を「パパ」「ママ」と呼ばせる家族が多い。「パパ」は、英語ではない。

 「パパ」は、イギリスのインド統治から、ヒンズー語が英語に入ったものであり、「ママ」は「マザー」(英語)、
「ムター」(ドイツ語)などヨーロッパ諸語に由来するが、中国語でもある。

 父を敬い、母に感謝するのなら、どう呼ぼうとよいが、日本語のもととなっている古代の大和ことばでは、父は「トト」(尊い)、母は「カカ」(太陽がカッカと照る)と呼ばれたことを、知ってほしい。


  大東亜戦争は昭和20年8月15日に終わらなかった
    Date : 2017/09/29 (Fri)
 今年の8月17日は晴れたので、主催者の1人としてほっとした。

 私たちは午後2時前に、市ヶ谷台にひろがる防衛省の構内の一画に建立された、スディルマン将軍の像の前に集合した。

 インドネシアのアリフィン・タスリフ駐日大使一行も、到着された。

 この日は、インドネシア共和国の独立を記念する72周年のよき日だった。

 定刻に、インドネシア独立戦争の英雄であるスディルマン将軍の銅像への第2回目の献花式が始まった。

 会衆は50数人だった。はじめに藤井厳喜代表が像の前に進んで献詞を述べ、つぎにタスリフ大使が挨拶文を読まれた。

 インドネシア タスリフ駐日大使の挨拶

 大使は、先の大戦中に日本軍政下で、インドネシア独立へ向けてインドネシア壮丁を募って、郷土防衛隊(ペタ)が結成され、1944年にスディルマン将軍が総隊長となったが、日本が大戦に敗れた2日後に、インドネシアが独立を宣言すると、オランダ軍がインドネシアを再び植民地にしようと、イギリス軍とともに侵攻してきた時に、スディルマン将軍が総司令官としてペタを中心とした独立軍を率いて戦い、オランダもついに1949年にインドネシアが独立国であることを承認することを強いられたと、日本への感謝を滲ませながら、述べられた。

 偉大な国民はその国の英雄を称えます

 大使が冒頭で、「偉大な国民は、その国の英雄を称えます」と前置きをされたので、私たちは全員が愕然として、深く恥じた。私たちは今日の日本で、日本の英雄を賞讃することがあるだろうか。日本は二流の国民に落魄(おちぶ)れてしまったのだ。

 そのうえで、藤井代表とタスリフ大使が並んで用意された、上が赤、下が白の花輪を持って、将軍像に捧げた。

 献花がすむと、山本ともひろ防衛副大臣、 内閣総理大臣補佐官の柴山昌彦参議院議員、山田宏参議院議員が挨拶された。

 小野寺五典防衛大臣が参列される予定だったが、ワシントンで2+2が催されたのに出席されたために、山本副大臣が出席された。

 私は献花式の呼び掛け人として挨拶したが、インドネシアの首都ジャカルタの軍事博物館に、日本の2枚翼の九五式初級練習機が展示されていることに、触れた。

 胴体の日の丸の下の部分が、新生インドネシアが国旗として定めたメラプティ(紅白旗)として、白く塗り替えられているが、大戦中に日本の航空兵の訓練が、石油資源が豊かなインドネシアで行われた時に、インドネシアの青年にも飛行訓練を施したことから、オランダ軍の上空から、手掴みで爆弾を投下した。

 私は「メラプティ旗を仰ぐたびに、日の丸が二重映しになります」と、述べた。

 旧陸軍の九五式練習機は、“赤トンボ”の愛称によって国民に親しまれたが、ジャカルタに展示されている“赤トンボ”が、今日、唯一つ現存する機体である。

 昭和20年8月 2000人の日本人の志

 日本が昭和20年8月に大戦に敗れると、2000人の日本軍将兵が帰国することを拒んで、日本国民が幕末からいだいてきた、アジア解放の一途の願いを果そうとして、インドネシアに残留して、独立軍に身を投じて戦った。このなかで1000人が、アジア解放のために戦死され、インドネシア国立英雄墓地に葬られている。

 大東亜戦争は昭和20年8月15日に、終わらなかった。インドネシア国民が戦い続けたのだった。

 献花したばかりの赤と白の花が輝いて、両民族の生命(いのち)をあらわすように、目に沁みた。

 市ヶ谷台はアメリカの占領下で、不法な東京裁判が行われて、東條首相以下7人が「アジアを侵略した罪」によって裁かれた場所である。あの無法な裁判が進められていたあいだに、裁判を行ったアメリカ、イギリス、フランス、オランダ諸国が、何をしていたのか。

 オランダはイギリス軍の援けをかりてインドネシアを、フランスもベトナムを再侵略して独立軍と戦い、イギリスはインパール作戦によって覚醒したインド国民が、独立を求めて全土にわたって蜂起したのを、空から機銃掃射を加えるなど、鎮圧をはかっていた。アメリカは白人による支配を復活させようとして、これらの諸国に武器弾薬を供給していた。

 スディルマン将軍は病いをおして戦ったが、独立軍が最後の勝利を収めるのを眼にすることがなく、その直前に病没した。今日、インドネシア最大の英雄の1人として、全国各地に銅像が建立され、肖像が紙幣にもあしらわれている。

 その独立の英雄の銅像が、市ヶ谷台を睥睨(へいげい)していることは、東京裁判が“偽りの復讐劇”であったことを、雄弁に証している。

 私の父俊一(としかず)は、開戦から終戦に至るまで、外務省北米課長をつとめた。終戦の9月2日にミズリー号艦上で催された降伏調印式に、重光葵全権の随員として、出席した。

 母の心は日本と共にあり

 私は母に連れられて、長野県に疎開していたが、四谷にあった自宅が戦火によって焼かれたために、父は母のか津とともに、信濃町の借家に移っていた。

 か津が調印式に出席する前の晩に、父にあらたまった口調で、「ここにお座りなさい」と命じた。父が正座すると、「私はあなたを恥しい降伏の使節として、育てた覚えはありません。明日(あした)は行かないで下さい」と、いった。父が「この手続きを踏まないと、日本が立ち行きません」と、理を尽して説明したが、か津は納得しなかった。

 か津は隣室へゆくと、父のために翌朝の新しい下着を揃えはじめた。父は母が泣き伏す大きな声が伝わってきたと、後にこの晩のことを記している。

 私は10月に、母とともに東京に戻った。上野駅で降りると、目の届くかぎり焼け野原だった。父が夜遅く戻ってくるまで、起きていた。私は「こんなに東京がひどく壊されてしまったけど、日本は大丈夫?」と、たずねた。

 父は「アメリカは日本全部を壊すことができる。しかし、日本人の魂を壊すことはできない」といった。

 日本人の魂を壊すことはできない

 中学に進んだ時に、私は父に「どのような想いで、ミズリーの甲板を踏んだのか」と、たずねた。すると、父は「日本は戦闘に敗れたけれど、数百年も白人の支配のもとに苦しんでいたアジア民族を解放したから、戦争には勝ったという誇りを胸に秘めて、甲板に立った」「重光も同じ想いだった」といった。

 スディルマン将軍の銅像は、鳩山由紀夫内閣の時に、インドネシア国防省から防衛省に寄贈された。

 防衛省が退役したヘリコプターを1機置いている構内の片隅に、設置した。私は当然、防衛省が年に1度、インドネシア独立記念日か、スディルマン将軍の命日に省内で献花を行っていると思ったが、ただ放置されていた。

 そこで、私は一昨年有志男女を集めて、インドネシア独立記念日に献花することを思い立った。親しい国際政治学者の藤井氏に代表を引き受けてもらい、40人ほどの有志を募って、献花したところ、インドネシアのユスロン・イザ・マヘンドラ駐日大使(当時)が聞いて、制服武官をはじめ館員を連れて、参加してくれた。

 その日は弱い雨が、私たちを濡らした。マヘンドラ駐日大使が喜んで、新しい大使に交替しても、代々申し継いで参列することにしたいといわれた。

 献花が公式行事に

 昨年7月に、私たち有志が赤坂のレストランを借り切って、翌月の献花式の打ち合わせを行ったところ、マヘンドラ大使一行も参加された。ところが、防衛省に申し入れると、像があった場所に、PAC3を常時配備するために、像を梱包して倉庫に納めているということから、延期することを強いられた。

 今年、像がよりよい場所に移設され、献花式が防衛省の公式行事として、格上げされた。


  粋な女将、10月の青空と松茸
    Date : 2017/09/28 (Thu)
 夏になると、妻が愛情を灌いでいる、わが家の小さな菜園で、沖縄から種を送ってもらったゴーヤーや、ミニトマト、茄子、胡瓜(きゅうり)、レタス、枝豆、ミントなどハーブが、食卓に供される。とれたてだから、新鮮で、瑞々しい。

 ゴーヤーは大昔、沖縄に中国から伝わった苦瓜だが、蔓草に可憐な黄色い小花が咲く。茄子と胡瓜は、天竺と呼ばれたころのインドから渡ってきた。

 トマトはアメリカ大陸から、レタスは地中海沿岸、ミントは日本だけではなく、北半球からアフリカ南部にわたって、自生していた。 

 古代からグローバリゼーションが、進んでいたのだ。

 私は都心の四谷見附の近くで育ったが、子供のころ夏の盛りが、大好きだった。

 父は中央官庁の課長だったが、借家の前の路地地には、朝から打ち水がされた。夕なずむと木製の縁台に、近所の男(おとな)たちがステテコや浴衣(ゆかた)姿で集まって、団扇(うちわ)で涼をとりながら、話に花を咲かせていた。浴衣の前を堂々とひろげた男(おとな)もいて、細い紐に吊った褌(ふんどし)が見えた。

 表通りでも、ステテコ姿で首に濡れ手拭を巻き、セルロイド製の石鹸箱を手にした銭湯帰りの男性に、よく出会った。夏の季節は男だけに、裸をみせる特権を与えると思って、子供心に得意になった。

 今日の東京の都心は、打算ばかりの世知辛いビルや、マンションが並んで、屋外で涼を求めることも、竹帚や、打ち水、団扇(うちわ)や、人々が情(なさ)けを交わしあった路地裏も、消えてしまった。

 夏が巡ってきても、よくぞ男に生まれたと、胸を張ることもできなくなった。全国で祭が観光資源になり、女たちがはしたなく御輿を担ぎ、和太鼓を打つようになった。

 ついこのあいだまで、この2つのことは男の力と意気を示すために、男だけに許されていたものだった。

 女が男性化したために、男に男らしさを示すことが求められなくなり、男が存在する必要がなくなった。

 私はこの40年近く、育った四谷の近くの麹町に、小さな庵(いおり)を編んで住んでいるが、家の前の路地に夏になって、近所衆が集まる縁台が置かれることもなく、無惨にアスファルトで舗装されているので、朝出かけるたびに清々(すがすが)しさを覚えた、箒目をつけることもできない。

 ほどなく秋が立つ。妻の労苦を労うために、前号の本誌で紹介した小料理の照よしに寄って、松茸を味わわせたい。

 松茸を口へ運ぶ時には、10月の青空と松の濃いみどりと山の静けさを、楽しむ。

 松茸の旬はあっという間に過ぎる。もし1年中絶えずあったら、結婚生活のように飽きてしまおう。恋のように有限なものだから、貴重なのだ。

 照よしを訪れるもう一つの楽しみは、かつて赤坂の花柳界の艶として鳴らした、粋な女将にあえることだ。

 このあいだは、中島兄哥と垢抜けした姐さん――清楚な奥方を誘って、会飲した。

 日本女性の美しさは、一口でいえば粋(いき)にある。化粧は暗示にとどめたい。

 もちろん、粋は異性なしには成り立たないから、巧みに媚態を秘めて、暗示している。所作は控えめでありながら、凛としているから、男心をひきつける。

 それにしても、国会の女性議員たちは厚化粧をして、パーティに出掛けるか、クラブの年増ホステス気取りか、国会の場にそぐわない場違いなドレスに、身を包んでいる。不粋で、醜悪だ。ブスは漢字で「不粋(ぶす)」と、書いた。

 派手は古文で、「葉出」と書かれた。はみだした余計な葉を、刈り取るのを意味している。

 鄙(ひな)びた田舎女が都(みやこ)の雅を知らずに、けばけばしい身装りをしているのを、嘲(わら)ったものだった。

 品性を欠いているから、江戸時代が終わるまでは、「破手」とも書いた。男についても、女についても禁じ手だった。

 渋谷の真ん中で、スクランブル交差点を交通遮断して、何万人も集まって盆踊りが行われた。盆を迎える風物詩だ。銀座でも、新宿でも、池袋でも、櫓を組んで盛夏の恒例行事としてほしい。

 浴衣(ゆかた)を着た若々しい娘たちが、踊る輪のなかの華(はな)だった。娘たちの素足(すあし)が美しかった。江戸の芸者は素足を習いとしたというが、東女(あずまおんな)らしかった。

 といっても、若い娘の浴衣姿といえば湯上りで、あっさりとした浴衣を無造作に着ているところが、もっとも魅力的だ。

 そういえば、なぜか、西洋絵画には江戸の浮世絵師が好んだ湯上りの女を、描いたものがない。日本では湯浴(ゆあ)みして心と体を洗うが、西洋には風呂の文化がないのだ。

 それでも粋(いき)というと、30代をこした女性のものだろう。

 きっと苦労もしたにちがいないが、凛として表にだすことなく、ひとつも感じさせない。色を暗示しているのが、憎い。ところが、若い娘となると、どうしても色気が過剰になるから、粋といえない。

 男は年齢に関係がない。若い時は鉢巻きと褌を粋にきりりと締めて、御輿の端棒(はなぼう)を担ぐ。意気とも、いさみはだとも、いなせ――鯔背ともいった。粋な男は老いても、女を遊ばせる。

 そういっても、私は無才、無芸、不粋だから、世の中に手足を出さず、物事に頭を隠す亀は万年を旨として、地道勤倹にひたすら励んで、妻と慰めあいながら生きてきた。
 
 わが家の菜園の旬菜と松茸だけが、私の贅沢だ。
(中島繁治氏は日大OB誌『熟年ニュース』主催者)


  まるでスーパーの野菜のよう? 没個性に陥った日本人
    Date : 2017/09/21 (Thu)
 この夏は長雨が続いたので、野菜が不作で値上がりしている。

 それにしても、スーパーや、百貨店の地下食品売り場を覗くと、トマトも、茄子も、胡瓜も、ホウレンソウも、みな形が揃っていて、見た目がよい。

 だが、私の学生時代には、野菜の形が揃っていなかったが、このごろの野菜よりも、どれも瑞々(みずみず)しくて、味がよかった。ホウレンソウは茎が赤くて、緑が濃かった。

 いまでは、市販されている野菜は、見た目だけよいが、本来備わっている個性的な味がない。

 人についても、同じことがいえるのではないか。

 民進党の党大会の直前に、NHKで前原誠司氏と枝野幸男氏の討論を見ていたら、前原氏が「安保関連法を見直して、憲法の専守防衛の精神に戻るべきだ」と、主張していた。

 その翌日、民放テレビが防衛省の概算予算要求を取り上げていたのはよかったが、防衛省が島嶼防衛のために、対艦ミサイルの開発に取り組むのを、識者が「射程が長いので、外国を攻撃することができるから、憲法に抵触する」と、批判していた。

 北朝鮮がつぎつぎとミサイルを発射して、日本と周りの海が北朝鮮のミサイル試射場となっている時に、「専守防衛」とか、「憲法に抵触する」と、宣(のたも)うておられるのだ。

 北朝鮮の暴挙”は、日本国憲法に抵触するものだが、残念なことに日本国憲法は、北朝鮮を拘束する力がない。

 もちろん、前原氏も、テレビ局に招かれる識者も、この半世紀以上にわたって日本を支配してきた、「良識」を代表している。前原氏も識者も日本国憲法の限界に、気が付かないのだろうか?

 「専守防衛」とか、「平和憲法に抵触する」と叫ぶのは、アメリカが親替りとなって、日本という少年を守り続けてくれると、信じているからなのだろう。

 アメリカ軍の占領下で、マッカーサー元帥が「日本人は12歳だ」と発言した時に、日本の大新聞がこぞって大きく取りあげて報道したが、アメリカの占領が終わってから60年以上もたっているのに、いまでも大多数の日本国民がアメリカに甘えて、まだ12歳で留まりたいと、願っているにちがいない。

 もっとも、日本に非武装憲法”を押し付けたマッカーサーのほうが、11歳だったと考えるべきである。

 今日でも私たち日本人は、「よい言葉を発すると、自分を包む環境がそうなる」と信じる、言霊信仰によって呪縛されている。

 「平和」と揮号された書を飾っていれば、平和になるとか、千羽鶴を折れば、核攻撃から身を守れるといった思い込みである。

 「平和憲法」とか、「専守防衛」といった言葉によって、騙されてはならない。

 8月に入ってから、岐阜県の介護老人ホームで、3人の入所者の老人が死亡し、2人が重傷を負う事件が発生した。老人ホームの名前は、「やすらぎ」だった。また、関東の大型総菜屋で売られたポテトサラダによって、O157感染者があいついだ。店の名は「デリシャス」(美味しい)だった。

 今日、国民を呪縛している「良識」は、非常識なものだ。国民全員が見た目だけがよい、形も、味も没個性な野菜のようになってしまっている。個性ある見識を大切にしたい。


  日本の誇りとすべき帝国軍人たちの「偉業」
    Date : 2017/09/06 (Wed)
 このところ、国連の人権機関が、日本を誹謗する「特別報告書」を、つぎつぎと発表している。

 今年に入ってから拷問禁止委員会が、一昨年の慰安婦に関する日韓合意を見直して、元慰安婦にさらに補償するように勧告した。

 その後、人権理事会が任命した「特別報告者」のJ・ケナタチ・マルタ大学教授による、国会で審議中だった「テロ等準備罪法案」が「プライバシーと表現の自由を制約する」という報告書と、D・ケイ・カリフォルニア大学教授による「日本で報道の自由が危機に瀕している」という報告書が、発表された。

 どれも内容は杜撰(ずさん)きわまるものだが、日本のテロ等準備罪法は、国際組織犯罪防止条約に加盟している、百八17の国々の国内法に較べたら、ごく緩やかなものだ。

 日本ほど、報道が野放しにされている国は、少ない。なぜ矛先を同じ国連加盟国である、中国、北朝鮮、ロシアなど、表現の自由が存在しない国々へ向けないのか。
1996(平成8)年に国連人権委員会によって「特別報告者」として任命された、スリランカのクマラスワミ女性弁護士が、『女性に対する暴力』と題する特別報告書を発表して、旧軍の慰安婦が「明確な奴隷制度」で、「組織的強姦」が行われたと、断定した。事実は、慰安婦は将兵を顧客にした民間売春施設で働く売春婦だった。

 日本は先の大戦の戦勝国が、日本が残忍で、非人道的な国だというイメージをひろめたのに加えて、韓国、中国が日本を貶(おとし)める宣伝を精力的に進めてきたために、世界の多くの人々が「南京大虐殺」や、慰安婦が「性奴隷」だったと、信じるようになっている。

 2月に、日本にも多くの読者を持つ、ユダヤ教僧侶のラビ・マービン・トケイヤー師が、ニューヨークで日本政府から多年にわたって、日本の正しい姿を世界に紹介した功績によって、旭日双光章を受勲した。

 トケイヤー師が月刊『WiLL』8月号に、先の大戦前に、アメリカ、イギリスをはじめとする諸国がナチス・ドイツの迫害から必死に逃れようとするユダヤ人の受け入れを、反ユダヤ主義から拒んだために、多くのユダヤ人がガス室へ送られたが、日本だけがユダヤ人を救った人道的国家だったと寄稿している。

 トケイヤー師は、今年80歳になった。とくに1938(昭和13)年に、関東軍参謀長だった東條英機中将とハルビン特務機関長だった樋口季一郎少将が、シベリア鉄道で満ソ国境まで到着した2万人のユダヤ人難民を、ソ連がドイツへ送り帰すところを救ったことを、「偉業」「快挙」として賞讃している。

 これは、杉原千畝(ちうね)リトアニア領事代理が、数千人のユダヤ人難民を「生命(いのち)のビザ」を発給して救った、2年前のことだ。

 トケイヤー師は戦後の日本人は、日本がすべて悪かったと思い込まされて、東條、樋口両将軍が軍人だったために、大量のユダヤ人を救った業績が無視されて、杉原ばかりに脚光が当たっているといって、嘆いている。

 そして、日本では杉原領事代理が本国政府の訓令に違反して、ビザを乱発した罪によって、外務省を追われたということが定説になっているが、それは嘘で、リトアニア勤務後に昇進したうえ、昭和天皇から勲章も授けられていると、指摘している。

 トケイヤー師はアンネ・フランクの父親が、アメリカ大使館、領事館に日参して、一家のビザの発給を哀願したのにもかかわらず、断られたが、もし、ビザがおりていたら、今日、アンネは88歳で、アメリカで暮らしていたはずだと、書いている。

 トケイヤー師は「いま大きな夢を描いている」といって、両将軍がユダヤ人難民を救った実話を中心にした、ユダヤ民族と日本の絆についてドキュメンタリーを製作して、アメリカのテレビに提供することを思い立って、日米で募金を始めたいと、述べている。


  日本は世界の現実から遊離している
    Date : 2017/09/05 (Tue)
 憲法はいうまでもなく、世界の現実にそぐったものでなければならない。

 稲田朋美防衛大臣が安倍内閣の支持率が急落するなかで、内戦によって混乱する南スーダンへ国連平和維持活動(PKO)に派遣されていた、陸上自衛隊部隊の日報をめぐる問題の責任をとって、内閣改造を待たずに辞任に追い込まれた。

 部隊は比較的に安全な地域で、道路建設など民生支援の活動を行っていた。

 ところが、部隊の付近で武力衝突が発生したのを、東京へ送った日報のなかで「撃(う)ち合(あ)い」といえばよかったのに、「戦闘」と書いた。防衛省が日報に使われていた「戦闘」という言葉が、使ってはならない言葉だったので、非公開としたために、野党やマスコミが「隠蔽」したといって大騒ぎした。

 私は頭が悪いので、「撃ち合い」と「戦闘」のどこが違うのか、分からない。

 稲田氏が防衛大臣になった直後に、うっかり「防衛費」を「軍事費」といったところ、国会で叩かれたことがあった。

 一般の国民が「防衛費」のことを、「軍事費」といったら、誰一人咎(とが)めないはずだ。

 安倍改造内閣が発足したが、もし新閣僚の一人が自衛隊をうっかり「軍」と呼んだら、きっと野党によって厳しく追求されるだろう。

 私は自衛隊は軍隊だと思う。日本の外のすべての人々が、自衛隊を軍隊だと思っている。ところが、日本では自衛隊は軍隊ではないというのが、常識だ。

 私は世界の人々のほうが、正しいと思う。こんなことをいうと、私は気が触れているのだろうか?

 「あれは撃ち合いであって、戦闘ではありません」「防衛費と軍事費は、違うものです」日本の国権の最高機関である国会や、良識の府といわれるマスコミで、このような会話が当然のように行われているが、日本は世界の現実から大きく遊離しているのだ。

 医学では、このような症状を夢遊病(ソムナムブリズム)と呼ぶが、夢遊病者は記憶や判断力を失って、夢遊状態で歩きまわるから、危険きわまりない。

 日本国憲法が、この原因をつくっている。

 日本国憲法の前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全を保持しようと決意した」と、述べている。

 世界のあらゆる国が平和を愛しているから、日本は自分を守るために、いっさい武力を持つことなく、泰平の夢を楽しんで生きると、誓っているのだ。

 この誓いのもとで、憲法第9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と、定めている。

 日本国憲法は、日本を夢遊病者にしている。

 東京からだと1000キロ、九州からだと500キロしか離れていない北朝鮮が、核兵器の開発に狂奔し、日常のようにミサイルを試射して、秋田県の沖合に撃ち込んでいる。

 やはり隣国である中国は、隙さえあれば尖閣諸島を奪おうと、毎日、武装公船によって尖閣諸島を取り囲んでいる。

 ロシアは北方領土を軍事基地化して、ミサイル部隊を送り込んでいる。

 いまのところアメリカが日本を守ってくれているから、よいかもしれないが、いつまでアメリカが日本を守ってくれるのだろうか?

 言葉は現実と一致していなければならないのに、国家にとってもっとも重要な言葉である日本国憲法は、現実に大きく背いている。


  小池都知事は流行神か
    Date : 2017/08/31 (Thu)
 都議選で、小池百合子都知事の「都民ファーストの会」が圧勝し、自民党が惨敗した。

 私は「日本は千数百年以上も、変わっていないのだ」と思って、溜息をついた。

 日本だけに独特な流行神(はやりがみ)現象が、間断なく起った。江戸時代には「時花神」と呼ばれて、「はやりがみ」という訓(るび)がふられた。「時花仏(はやりぶつ)」もあったが、花が咲いて、ぱっと散るのに、喩えたものだった。

 ある時、ある神社か、ある仏閣、祠に詣でると、大きな御利益がえられるという噂がひろまり、参詣者が殺到するが、半年か1、2年しか続かず、忘れられてしまうことから、「祀(まつ)り上げ祀(まつ)り棄て」といわれた。

 流行神について『日本書紀』の皇極紀に、不思議な力をもつ蚕(かいこ)ほどの虫が現われ、拝むと富や長寿がえられるといって、民衆がどっと押し寄せたと、記されている。「都鄙(とひ)(都と田舎)の人、常世(とこよ)の虫を」と語られているが、もっとも古い記述だろう。

 流行(はやり)神仏は常世神とか、志多羅神(しだらがみ)、鍬神とか、時代によってさまざまな名で、知られた。

 小池百合子一座の役者たちは大部分が、選挙直前に公募によって集まった、新人によって占められていた。

 「日本人とは何か」

 私は高校生のころから、「日本人とは何か」ということに関心をもって、日本の民俗学の草分けである柳田國男(1875年〜1968年)の著作を、読み漁るようになった。今日なら、文化人類学に当たる。そんなことから、アメリカの文化人類学者(アンソロポロジスト)で、コロンビア大学社会学部長をつとめたハバード・パッシン教授(1916年〜2003年)と親友になった。

 私はパッシン教授を、「どうして先進国の人々の社会行動を研究するのを社会学といい、後進国になると文化人類学というのか」といって、からかったものだった。

 柳田は流行神について、「男女老幼狂奔して之(これ)を迎へ候者都鄙(とひ)(都会と田舎)に満ちたるやうに候か、過ぎての後は夢のやうに候はんも、其(その)折に際して渇仰の情極めて強烈にして、他意左右を顧みるの暇なかりしなるべく、(略)、此時(このとき)涌きかへりたる熱中血潮は即今我々の身の内を環(めぐ)るものにして(略)愚痴と云ひ迷信と云はばそれ迄(まで)」と、述べている。

 そして「近世の流行神鍬神の如きは、其蔓延の極盛時に当たりては、鉦鼓雑揉(しようこざつじゅう)(乱れ混じり)正(まさ)に一千年前の修多羅(しだら)神福徳仏の流行、さては大昔の常世の神の狂態に伯仲せしやうに候」と、評している。

 ぎぼしが流行神仏

 何であれ、神体となった。しばしば仏像の宝玉に似ていることから、全国の橋の欄干の柱頭につける葱(ねぎ)の花に似た擬宝珠(ぎぼし)が、流行(はやり)神仏となって群衆を集めた。

 私は東京の文京区小日向で生まれたが、数日前のテレビのバラエティショーをみていたら、全国にある“びっくり地蔵”の一つとして、林泉寺の「縛られ地蔵」が取り上げられた。享保年間だったが、この石仏を縛ると願が叶うといって、大賑わいとなったという。

 江戸時代の享和3年の記録を読むと、浅草の寺の裏に、狐が4、5匹棲む穴があって、御利益がえられるという噂がひろまり、「いかなる故有しにや諸人参詣群集し、近辺酒食の肆(し)(店)夥(いちぢる)しく出来、賑やかにありしか、半年も過けれは、参詣人まれにてもとの田舎のことし、俄(にわか)に盛(さか)る者久しからすという理なり」と、嘆じている。

 流行神仏ははやりすたりが、激しいのだ。民衆は熱しやすく、さめやすいのだ。

 季節の花である時花(じか)のように、すぐに萎れてしまう。これらの一過性の流行(はやり)神仏に対して、既成の仏教教団が「淫祠」とか、「淫神」と呼んで蔑んだ。

 男女老若も町中さわぎ

 小池都知事はもっとも新しい、流行神である。私は淫神とは呼ぶまい。流行神仏はしばしば熱狂的な踊りをともなったが、都知事選と都議選中に、小池氏の街頭演説を見ようと群集した人々を見ていると、流行神の参詣者を思わせた。

 江戸時代にはほぼ60年周期で、大規模な「お蔭参り」現象が発生した。伊勢神宮のお札が空から降ってきたという噂が、全国にひろまって、大群衆が日常の生活から飛び出して、道中歌い踊りながら奔流のようになって、伊勢神宮へ向かった。「抜け参り」とも呼ばれた。

 最後の「お蔭参り」は、明治元年の前年の慶応3年に起った。庶民ばかり300万人が参加したといわれるが、明治に入ってすぐに  行われた国勢調査によれば、日本の人口が3000万人だったから、10人に1人が加わったことになる。

 当時の記録によれば、「昼夜鳴物秤(ばかり)を打たゝき、男女老若も町中さわぎ、其時のはやり歌にも、おめこへ紙はれ、はげたら又(また)はれ、なんでもえじゃないか、おかげで目出度、という斗(ばか)りにて大さわき、又は面におしろい杯を附け、男が女になり女が男になり、又顔に墨をぬり老女が娘になり、いろくと化物にて大踊、只(ただ)欲も徳もわすれ、えじゃないかとおとる」と踊り練り歩く、狂態を演じた。  

 流行神の現象がなぜ頻発するか

 なぜ、日本にだけ流行神という現象が頻発したのだろうか。

 日本には仏教が入ってくるまで、神々が群生しており、どこにでも神がいるという信仰だけあって、教典、戒律がある教派宗教が存在しなかった。絶対的な神格が存在しないために、人々が神仏を自由奔放につくりだすことが、できたからだったと思う。

 今日でも、日本には絶対的に正しいという聖が、欠けている。私は在来信仰である神道は、おおらかなものであって、宗教ではないと思う。

 日本人は森羅万象を崇める信仰心が強いものの、教典や戒律によって縛られないから、宗教性が薄い。「宗教」という言葉は、明治になってから寛容を欠くキリスト教が入ってきたために、新しく造られた明治翻訳語であって、それまで日本には宗門、宗旨、宗派という言葉しか、存在していなかった。

 世界文化遺産に指定されると、そこに人々が大急ぎで殺到するのは、世界のなかで日本だけにみられることだ。

 上野動物園でパンダに子が生まれると群集して、『上野精養軒』の株価が急騰する。利に聡い新聞社や、テレビ局が流行神をつくるために、噂をひろめる。
 
 都議選に惨敗して以後、それまで「安倍一強」と囃されたのに、安倍内閣の支持率が急落した。大手新聞やテレビが、“安倍叩き”に熱中している。これも、江戸時代に庶民の大きな娯楽だった歌舞伎の演目に、権力者が没落するというテーマが、もっとも多かったことを思わせる。武士とその家族は歌舞伎を観劇することを、禁じられていた。

 日本では江戸時代を通じて、政治が世界のどこの国よりも安定して、治安がよく、庶民が豊かで、自由な生活を享受していた。支配階級であった武士だけが、政治に責任を負って、庶民は政治に参加することがなく、政治の傍観者だった。

 大正14年はじめての普通選挙

 大正14年の普通選挙によって、庶民がはじめて政治に参加したが、ここ90年あまりのことでしかない。そのために庶民にとって政治というと、流行神に現世利益とか、世直しの願望を託すような次元で、とらえられている。

 小池都知事はいつも洋装に気を砕いて、「ファースト」とか、「ワイズ・スペンディング」とか、舌足らずの英語を乱発している。国枠主義者のなかに眉を顰める向きがあるが、私には日本原人のように泥臭いから、好感がもてる。

 日本では古代から常世の国といって、遠い海原の果てから幸がもたらされるという、信仰があった。日本は海の文化だから、陸の文化である中国にない「宝船」という発想がある。そのために、日本語のなかに夥しい数にのぼる英語から借りてきた、生ま半可な言葉が氾濫している。     


  これで日本を守れるのか
    Date : 2017/08/29 (Tue)
 安倍内閣が大手新聞、テレビ、週刊誌がおもしろおかしく煽った加計・森友学園騒動のなかで都議会選挙が行われ、「都民ファーストの会」に惨敗して支持率が急落したために、4年8ヶ月で3回目の内閣改造による起死回生をはかった。

 マスコミが、こぞって「人心一新」という言葉を使った。

 日本国民は気付いていないだろうが、世界の主要国のなかで、こんなに頻繁に内閣改造が行われる国はない。

 満州事変の昭和6(1931)年から、真珠湾を攻撃して、大戦争に飛び込んだ昭和16(1941)年までの10年間は、日本にとってもっとも重要な10年だった。

 このあいだ、若槻礼次郎内閣から、東條英機内閣まで13人の首相と、近衛内閣が3次にわたったから、15もの内閣が登場した。

 これでは一貫した政策も、国家意志もあったものでない。目隠しをして、無謀な戦争に突入したようなものだった。

 戦前から新内閣が登場するたびに、新聞(当時はテレビがなかった)が、「人心一新」と書き立てた。なぜ今日も、マスコミが「人心一新」という言葉を、鸚鵡(おうむ)の一つ覚えのように、繰り返すのだろうか。

 先きの太平洋戦争は3年8ヶ月にわたったが、日本では3人の首相が登場した。スターリンのソ連、ヒトラーのドイツ、ムソリーニのイタリアは独裁国家だったから、当然だとしても、日本と同じ自由主義国だった、イギリスではチャーチル、アメリカではルーズベルトが戦争終結の3ヶ月前に急死したが、政権を一貫して預かった。

 日本では古来から、「畳と女房は新しいほどよい」といわれてきたように、新しいものを好むのだ。その証拠に、今回、内閣改造が行われると、世論調査によって差があるが、安倍内閣の支持率が2%から9%あがった。

 東京から千キロ、九州から500キロしか離れていない北朝鮮が、核開発に狂奔し、日常のようにミサイルを試射して、秋田県沖に撃ち込んでいる。中国は武装公船によって尖閣諸島を囲んで、隙あれば奪おうとしている。ロシアが北方領土を、軍事基地化している。

 こんな時に、加計学園とか森友学園とか、枝葉末節に構っている場合なのか。戦前から開戦に至るまでの死活がかかった10年間に、15回も内閣が交替するたびに、「人心一新」といったのを思い出すべきだ。

 今度の内閣改造について、政治通が岸田文雄外相を党の中枢に据えた「安倍岸田連立体制」とか、石破茂氏の孤立をはかって、野田聖子氏を閣内に取り込んだとか論評しているから、屋上屋を重ねまい。

 日本では、なぜしばしば内閣改造が行われるのか。他国にはみられないことだ。

 これは、日本の文化に根ざしている。諸外国の政治も2000年変わっていないし、日本も同じことだ。

 日本で132年前に近代内閣制度がはじまったが、伊藤博文が初代首相となった。

 96代目の安倍首相も、指導者ではない。以前の首相も、全員が指導者ではなかった。ところが、西洋や、中国をはじめとする諸国では、指導者が政府を率いている。

 「指導者」という言葉は、江戸時代が終わるまで、日本語のなかに存在しなかった。明治の開国とともに、英語の「リーダー」などの外国語が入ってきたので、先人たちが訳するために「指導者」という新語を造った。

 日本では歴史を通じて、リーダーがいなかった。日本神話の最高神の天照大御神は、中国、ギリシア、ローマ、北欧、ユダヤ・キリスト・イスラム神の最高神がみな男性で、絶対権力を握っているのと違って、権力がない。

 日本では八百万(やおろず)の神々はみな平等で、いつも協議している。

 リーダーは誰よりも優れていると認められて、その地位につくが、聖徳太子の『十七条憲法』は人が「共に是(こ)れ凡夫のみ」――「人間はみな同じだ」と定めている。

 アメリカを例にとれば、大統領がリーダーであり、閣僚の長官、副長官、次官、次官補などの政治任命職は、全員が「大統領の人格の延長」であって、大統領の代理人である。

 日本では、麻生副総理や、河野外相、江崎鉄磨沖縄・北方担当相たちは、安倍首相の「延長」ではない。上に立つ者は御輿(みこし)のように、わいわい担がれている。

 御輿を担ぐ衆は、アメリカのように政策だけを尺度にして選ばれるわけではない。日本では、政治は「人事」なのだ。
だから、江崎氏のような“凡夫中の凡夫”も入閣する。

 日本は森喜朗元首相がいったように、「神々の国」なのだ。日本列島は元寇を除けば、外敵に侵されることがなく、平和だったから、合議制でもよかったが、今日のように周辺の脅威が募り、アメリカの信頼が揺らぐ時には、リーダーシップが必要だ。

 私は安倍首相に何よりも、今日の日本語の乱れを正すことを、期待したい。

 稲田朋美防衛大臣が内閣改造を待たずに、直前に辞任に追い込まれたが、南スーダンに国連平和維持活動(PKO)のために派遣されていた陸上自衛隊部隊が、東京へ送った日報のなかで、駐屯地の近くで「戦闘」が発生したと、報告したためだった。

 南スーダンでは内戦が戦われているが、自衛隊部隊は比較的、安全な地域で、道路建設などの民生支援活動を行っていた。

 日報のなかで「撃ち合い」といえばよかったのに、防衛省が日報に使われていた「戦闘」という言葉が、使ってならない言葉だったために非公開としたのを、野党やマスコミが「隠蔽」したといって、大騒ぎした。

  私は頭が悪いので「撃ち合い」と、「戦闘」のどこが違うのか分からない。

 稲田氏が防衛相になった直後に、うっかり「防衛費」を「軍事費」といったところ、国会で叩かれた。一般の国民が「防衛費」のことを「軍事費」といったら、誰も咎(とが)めないはずだ。もし、安倍内閣の新閣僚が、うっかり自衛隊を「軍」と呼んだら、野党に吊し上げられよう。

 日本の外のすべての人々が自衛隊を軍隊だと思っているが、日本では自衛隊が軍隊でないのが常識だ。私は世界の人々のほうが正しいと思うが、気が触れているのだろうか。
「あれは撃ち合いであって、戦闘ではありません」「防衛費と軍事費は、違うものです」

 日本の国権の最高機関である国会や、良識の府といわれるマスコミで、このような会話が当然のように行われているが、日本は世界の現実から大きく遊離しているのだ。

 医学ではこのような症状を、夢遊病(ソムナムブリズム)と呼ぶが、夢遊病者は夢遊状態で歩きまわるから、危険きわまりない。

 憲法が、この原因をつくっている。日本国憲法は前文で、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」「安全を保持」すると述べ、憲法第9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と、定めている。

 北朝鮮や、中国や、ロシアが「平和を愛する諸国」だろうか。

 日本国憲法は、日本を夢遊病者にしている。

 いつまで、アメリカが日本を守ってくれるだろうか?

 国家にとってもっとも重要な言葉である日本国憲法は、世界の現実に大きく背いている。

 安倍自民一座の脇役や端役の質が、悪い。

 3人とも離党を強いられたが、中川俊直議員や、今井絵理子議員など、武田信玄の『風林火山』ならぬ、『不倫火山』の幟(のぼり)を背負った一団や、実生活で狂女を演じる豊田真由子議員をはじめとして、舞台に立てない役者が多すぎる。

 安倍座長が人がよくて、厳しさを欠いているからだろう。
これは自民一座に限らないが、ほとんどの女性議員がパーティに出掛けるか、クラブの年増ホステス気取りか、国会で仕事をするとは思えない化粧や、派手なドレスを着ている。
稲田朋美前防衛相だけを責めたくないが、場違いなファッションで知られたために、同僚の男性議員から「チーママ」と呼ばれた。

 日本の女性の美しさは、粋(いき)にある。派手な装(な)りや、厚化粧は不粋で醜い。

 化粧は暗示にとどめるべきだ。異性が好きでも、厚化粧して露骨にだしてはならない。ブスは漢字で「不粋(ぶす)」と書いた。派手の語源は「葉出」であって、余計にはみだした葉を刈り取ることからきている。派手造りをした女性議員たちは、異常な自己顕示欲の持ち主なのだろう。

 女性議員が日本国民の美意識を破壊しているのは、由々しいことだ。

 私は安倍首相を応援しているが、いくら票になるといっても、「女性の活躍社会」とか、女をおだてるのはやめてほしい。

 高校以上の高等教育を無償化することによって、高等教育を重視して、受験戦争を激化させるのもやめてほしい。心身ともに不健康な受験戦争より、スポーツを奨励して、大いに振興するべきだ。

 青年男女の体力を向上させれば、精力があり余って、異性がひかれあい、少子化がもたらす危機を解決できる。

 政府や公共放送が、英語から借りてきた舌足らずな言葉を乱用するのも、やめてほしい。

 NHKは「開店した」といわずに、「オープンした」「イベント」「ショッピング・モール」とか、不消化な英語を乱発している。

 小池百合子都知事も、ひどい。「ワイズ・スペンディング」とか、「ファースト」とか、生半可な英語を振り回す。
日本語が危い! 国語のなかに溢れている、おびただしい怪しげな英語を使うごとに課税して、アメリカに支払えば、トランプ政権が不満を鳴らしている日米貿易不均衡を、たちどころに是正できよう。

 経済産業省の特定サービス産業統計調査によれば、平成28(2016)年度のパチンコ業界の売り上げは、3兆7269億円だった。

 同年度の女性化粧品の売り上げは、2兆円を超えている。同じ年度のサプリ(健康食品)79社の売り上げが、5457億円(日本流通産業新聞調査)だったが、全国に1000社以上あるサプリ業界全体なら、この3倍以上になろう。

 平成29(2017)年度の陸上自衛隊の予算が1兆7706億円、海上自衛隊が1兆1548億、航空自衛隊が1兆1578億円だが、陸自は人件費が大部を占める。

 朝鮮半島が一触即発だ。いま、私たちは日本有事と隣り合わせて生きている。日本を守る盾は、自衛隊しかない。

 三自衛隊のいずれの予算をとっても、パチンコ業界、化粧品、サプリ業界の売り上げよりも少ない。

 いつ、日本列島が北朝鮮のミサイルを浴びるか、わからない。

 北朝鮮のミサイルを、日本海に浮かぶイージス艦と、陸上のPAC3ミサイルで迎撃することになるが、数が足りない。イージス艦とPAC3の射程範囲内に飛んできたミサイルを迎撃しても、半分以上は撃ち洩らそう。

 自衛隊はPAC3を17セットしか、持っていない。1セットが防衛省の構内に据えられているが、局地防衛用のもので、東京都全域を守ることはできない。千歳から那覇まで配備されているが、たった17セットでは、とうてい日本全国の盾とはなれない。

 防衛予算を大胆に増やして、アメリカからすでにグアム島などに配備されている、PAC3より高性能のイージス・システムを、急いで導入するべきだ。

 いくら女性が厚化粧をしても、ミサイルから身を守ることはできない。地上配備型イージス・システムのほうが、頻尿症に効くというノコギリヤシより、夜、安らかに眠れる。パチンコ屋へ行く回数を減らせば、行きつけの店が被弾しないで済む。

 憲法を改正して、憲法に自衛隊を書き込む時間的余裕はない。だったら、首相から天皇陛下に奏上して、自衛隊をお励まし賜りたい。

 自衛隊創設以来、天皇陛下が自衛隊を賜閲されたことも、自衛隊の駐屯地、基地に御幸されたことも、一度もない。

 有事に当たって、生命を犠牲とする青年たちに、国民を代表して、名誉をお与えいただきたい。自衛隊全員が感激して奮い立とう。
(2017年8月)


  核なしでは体制が守れぬ北朝鮮 アメリカはどう交渉に入るべきか
    Date : 2017/08/28 (Mon)
 私は昨秋からこの欄で、北朝鮮の核開発問題について、アメリカの安全保障問題を専門とする友人たちに、北朝鮮はどのようなことがあっても、核保有国となる決意を捨てることがないから、「北朝鮮を核保有国家として認めたうえで、北朝鮮と交渉するべきだ」と説いてきたことを、取り上げた。

 もし、トランプ政権が北朝鮮に外科的(サージカル)な(目標を限定した)攻撃であっても、攻撃した場合、北朝鮮は体制の威信を賭けて、韓国、日本に対して反撃を加えよう。韓国の総人口の3分の1以上が、南北軍事境界線から100キロ以内に住んでおり、北朝鮮の火砲・ロケットの射程内にある。日本も北のミサイルを迎撃しても、かなりの被害を蒙ることとなる。

 もっとも、北朝鮮は国家的自殺をはかるつもりはないから、全面戦争は戦いたくない。国際世論が「即時停戦」を求めて、5、6日後に停戦に持ち込むことを期待しよう。

 私は昨年10月と今年6月に、ワシントンを訪れた時に、北朝鮮と交渉すべきだと促した。

 北朝鮮は核なしで体制を守れないと、確信している。

 リビアはアメリカの甘言に騙されて、核開発を放棄した後に、オバマ政権によって軍事攻撃を加えられて、崩壊した。
ソ連解体後にウクライナが独立し、国内にあった核兵器をロシアへ渡すかわりに、ウクライナが侵略を蒙ったら、ロシア、アメリカ、イギリスが共同して守ることを約束した。
ロシアがクリミア地方を奪った時に、アメリカとイギリスは傍観した。北朝鮮はこのような例を、肝に銘じていよう。

 トランプ政権は北朝鮮を核保有国として認めることを、拒んでいる。中国に北朝鮮に圧力を加えることを求めているが、中国はよそ見をしている。

 といって、トランプ政権は宝刀を抜いて、北朝鮮を斬りつけることはできまい。戦闘が始まって数十万人が死ぬことになったら、耐えられまい。

 アメリカはインド、パキスタンの核保有に強く反対してきたが、いまでは両国の核を認めている。北朝鮮も、同じことではないか。

 6月に入って、クリントン政権のパネッタ国防長官、レーガン政権のシュルツ国務長官などが大統領に書簡を送って、北朝鮮を核保有国として認めて交渉すべきだと、進言した。

 この1ヶ月あまり、アメリカのマスコミでも、同じような意見が多数を占めるようになっている。

 ワシントンの安保問題専門家から、私に「あなたのいった通りの方向に動いている」という、メールがあった。

 私はアメリカが北を核保有国として認めて交渉するのに合わせて、日本も北と交渉して、北が核弾頭数とミサイルの射程に制限を受け入れるのと引き替えに、日朝間で国交を結ぶことを提言してきた。

 1964年の日韓国交正常化の時に、韓国に6億ドルを供与したが、今日の貨幣価値にして1兆円以上を、10年あまりに分けて北に提供する。

 交渉がまとまれば、拉致被害者が全員帰国して、朝鮮半島に平和秩序が確立される。

 韓国は日本からの6億ドルによって、“漢江(ハンガン)の奇蹟”を行ったが、北も“大同江(デドンガン)の奇蹟”を行うことになる。このあいだ北朝鮮は、親日国家にならざるをえない。そうなれば、韓国も反日を叫び続けるわけにゆくまい。


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